ぼちぼちいこか(10)
東京最後の秘境 麻布十番

伴 勇貴(1997年09月)

「谷間に三つの鐘が鳴る」 多分、この題名で間違いはないと思う。真空管式のラジオやアンプの制作にこ 凝っていた頃にスピーカーからよく流れてきた記憶があるから三十五年ほど前に、はや流行った曲だろう。その古いメロディが聞こえてきた。

一見すると、パリの街角にあるような小粋な雰囲気を漂わせている、この店はよくよく観察すると本当に妙な店だ。

「なんだい、あの天井の換気扇からぶら下がっているのは、はえ取り紙とりかみじゃないか。ほら、はえもしっかりついている」

「でも、あの蠅、昔の蠅に比べると小さいんじゃないか」

「あれ、蠅が飛んでいる。やっぱり蠅がいるんだ」

「こんな客の入りで、やっていけるのかなあ。二代目のようだから、土地や建物の費用がかからないのかなあ」

はえ取り紙とりかみ」がぶら下がっている天井。その天井の奥に付いているボーズのスピーカーから流れるシャンソンを聞きながら、たわいのないなんくせ難癖を付けたり、詮索せんさくする。さらしなそば更科蕎麦を食べたあとの土曜日の昼下がり、いつものように友人の作家、すぎたのぞむ杉田望とコーヒーを飲みながらのことだ。もともとレトロというよりは、僕たちには心地良い、タイムスリップしてしまったような店なのに、「谷間に三つの鐘が鳴る」の曲が流れてきたもので、ますます盛り上がった。

ここは東京のど真ん中、麻布十番の、そのまた中心部にある「パティオ十番」という広場に面したレストランというよりも喫茶店と呼んだほうが相応ふさわしい店である。そこそこの大きさの店なのに、お客は僕ら男性カップルの他には五人だけ。それでも普段よりは混んでいる。二組の男女のカップルと男性一人。いずれも見てすぐ分かる中高年である。

薄いピンク色のテーブルクロスと、窓越しの、外の初夏の陽を浴びて輝く、深み始めた樹木の緑との対比が目映まばゆい。樹木の下の広場ではガラクタ市が開かれている。古道具や古着などを通りすがりの男女が立ち止まってのぞいている。

学生時代にはあちこちにあった喫茶店が街角から姿を消してしまった。代わって、自動販売機やドトールとかマクドナルドなどのチェーン店が幅を利かすようになっている。でも麻布十番には、まだ喫茶店が数件残っている。その中でも、もっとも伝統的な雰囲気を引き継いでいるのが、この店だ。コーヒー一杯で無理なく粘れる。入口に雑誌がそろ揃えて置かれているのも良い。いつの間にか、それを持って出窓の際の席に陣取る常連になっていた。

店を出て、ガラクタ市をのぞくことにした。修理の跡がたくさんあって使い込んだことがにじ滲み出ている荷車の木製の車輪。何に使われたのかよく分からない木製の歯車。機織はたおり機の部品らしい木製のつつ。糸もないこわれたすみつぼ蕎麦そばやうどんをこねるのに使われたらしい、昔の生活の臭がする木彫りの大きなはち。旅役者が着たような衣装。大きなのれん暖簾。木製の薬屋の看板。鉄瓶てつびん。絵皿。ジーパンや姿すがたの三十代の男性が黙って、それらの品物を並べている。

「あんなのは納屋に転がっていた。欲しいのか?」

「持ってくれば金になりそうだな」

大きな木製の車輪を眺めていると、山形出身の杉田はつぶやく。東京、それも赤坂出身の僕の心をみす見透かしてか、からかうように言った。

心は揺れていたけれど、何万円も払って手に入れるまでにはいたらない。それで黙って杉田の言葉をやり過ごしたと思ったら、今度は大声で杉田は叫んだ。

「おい、この自転車、折りたたみ式らしいが、これは高いぞ」

「インサイダー」を発行している高野孟の事務所で見つけた赤いイギリス製の小型の折りたたみ式自転車にほ 惚れ込み、それと同じ奴を六万数千円で買い込んでからというもの、杉田は自転車にうるさい。よせばよいのに売り物ではない自転車の値踏みまで始めた。たぶんジーパン姿で店番している男のものだろう。男は座ったまま上目遣いで杉田をじっと見た。自転車に乗るようになってから、背中にリュックでジーパンという出で立ちが定番となった杉田は、そんなことは一向に意に介しない。

「やっぱり高そうだ。二十万円はするな」

と、またも大声を出す。険悪な雰囲気が漂う。それでも杉田はまだ何か言いたくてたまらない様子である。ともかく、その場を退散するしかない。杉田を促し、麻布十番の商店街に向かった。

この一角には、昔ながらの風情を感じさせる店が今も生き生きと商いを営んでいる。カステラの「白水堂」、「たぬきせんべい煎餅」の、人形焼きの「紀文堂」、たい焼きの「浪花屋総本店(主人が今週のサンデー毎日(一九九七年六月十七日)の「平成の日本人像」のグラビアに登場していた)、豆菓子の「豆源」。いずれも自家製をうたい文句にしている。和菓子ばかりではない。チーズケーキやチョコレートケーキの旨いケーキ屋もある。

蕎麦そばでは、「麻布あざぶ永坂ながさか更科さらしな」、「永坂ながさか更科さらしな」それと「更科さらしな堀井ほりい」の三店が、本家、本舗、総本家と名乗って競い合っている。韓国料理も有名で、焼き肉では「三幸園」、「叙々苑」、「花十番」など何店もが競っている。蕎麦そばや焼き肉ほど知られてはいないけれど、てんぷら天麩羅、豚カツ、鰻の「やつめや」、焼き鳥の「あべちゃん」も悪くはない。高いことでもなかなか有名な中華料理の「登龍飯店」の並びではそうざい総菜屋も頑張っている。寿司屋はだいたい高いけれど、居酒屋「こま」とか「ふじや食堂」などは何回も足を運んでしまう。

食べ物だけではない。昔ながらの道具屋、家具屋、金物屋、電気屋、瀬戸物屋、靴屋、衣料品店、薬屋などが軒を並べている。スーパーも、ピーコック、ハラストアー、それとセイフーの3店ある。銀行支店も数店舗ある。ヘアサロン、針灸・マッサージ、クリニック、本屋、画材屋、熱帯魚店もある。ちょっと分かりにくいけれど、万華鏡まんげきょうの専門店「カレイドスコープ」もある。ともかく、日常生活で不自由することもきることもない。

しかも、これらに混じって中心部には「十番温泉」がある。一階は銭湯。二階が温泉で、畳の広間と舞台まである。食事やカラオケもできる正真正銘の温泉である。真っ黒な色の炭酸泉で、体が実によく温まる。時間になると、いつも数人の老女が銭湯の入り口で座って開店を待っている。

こんな雰囲気の商店街を日本人に混じって多くの外国人が買い物袋を片手に歩いている。子連れや老夫婦の外国人がウィンドショッピングしている。近くに大使館が集中しているためなのだろうけれど、ここでは違和感がまったくない。

万華鏡の専門店の近くには、「網代公園」という小さな公園がある。ブランコや滑り台などがあり、春には桜が見事に咲く。ここでは各国の子供たちが遊んでいる。先日、カウンターで天丼を食べていたりゅうちょう流暢な日本語を話す金髪の婦人と、その天麩羅てんぷら屋の主人とでちょっと話題になった公園である。

「わたしが行った小学校と同じ小学校に通っている、お宅の怪我したお子さんはどうしました」

「お陰様で、もう元気です。今日は天気が良いから公園で遊ばせています」

「ああ、そこなら安心です。みんないるし、何かあれば言ってくるでしょう」

そんなやりとりをニコニコして聞いていたら、天麩羅てんぷら屋の親父は、いきなり矛先を僕に向けてきて、いつものように

「毎度! で、旦那、今日は、何にしますか」

と聞いてきたものだった。


この麻布十番を、今週の週刊文春が「東京最後の秘境」と題し紹介していた。言い得て妙である。「グルメ・ショッピングと歴史に溢れる街」「古きよき十番を体験したいのならいま。カステラ一番、散歩は十番なのである」という。

もっとも、いつもここをはいかい徘徊している者からすれば、表面をスーとなでただけで、地元の者が愛着を持っている店はあまり紹介されてはいない。それはそれで結構なことだが、この雰囲気をいつまでエンジョイできるかやや心配になってきている。紹介される件数が増えている上に、数年来続けられている地下鉄工事の完成が間近いと聞くからだ。そうなると「秘境」ではなくなってしまうかも知れない。外から「秘境」を探訪に来る人たちが、我がもの顔に街を歩き回るようになるのかもしれない。つい終のすみか棲家にしようと思っているのだが、どうなるのかとだんだん不安になる今日この頃である。

買い物をするという杉田と別れて、ガソリンスタンドに向かった。タイヤ交換を頼んでいた車を受け取り、帰宅の道についた。ラジオからは広瀬久美子と佐々木功の軽妙な会話に続いて、佐々木功が歌うディーンマーチン風の「ライフルと愛馬」が流れてきた。NHKの「土曜サロン」である。またまたタイムスリップしてしまいそうである。

一九九七年夏 伴 友貴