ぼちぼちいこか(9)
ためらいのススメ

伴 勇貴(1997年06月)

サンデー毎日の「満月雑記帳」(一九九七年六月二十九日号)で、なかのみどり中野翠が「モラルへのためらい」と「解釈の空(むな)しさ」を語っている。 村上春樹が地下鉄サリン事件の被害者たちにインタビューした『アンダーグラウンド』(講談社)の一節を思い出す、として次のように書いている。

インタビュー相手は地下鉄霞ヶ関駅の職員のTさん(当時五十二歳)。Tさんは九死に一生を得た。オウムに対してにくいのを通り越していて、オウムに関する報道は見る気もしなかったと言う。

「それぐらいなら見なくてもわかります」と言う。

「オウムみたいな人間たちが出てこざるを得なかった社会風土というものを、私は既に知っていたのです。日々の勤務でお客様と接しているうちに、そのくらいは自然にわかります。それはモラルの問題です。駅にいると、人間の負の面、マイナス面が本当によく見えるんです」

これに対して、村上春樹はこんな質問をする。「モラルは年を追うごとに低下しているんですか?」

注目すべきは、このあとのやりとりだ。

Tさんは村上春樹に質問する。「あなたはどう思いますか?」

村上春樹は答える。「私(村上)にはよくわかりません」

Tさんは言う。「それじゃ、少し勉強なさった方がいいですね」――。

私は『アンダーグラウンド』の中では、このやりとりがもっとも強く印象に残った。インタビューするに当たって、すべての価値判断を保留し、意識的に「透明なボク」になっていた村上春樹は、Tさんの反問にさぞギクリとなったのではないかと思う。

また、もし村上春樹が自分を消す姿勢でなく、自分の考えを前面に押し出してインタビューする方法を取ったにしても、彼はやっぱり同じようにしか答えられなかっただろうと思う。モラルが低下したかどうかは「よくわかりません」と。

モラルという言葉自体に抵抗があるのだもの。嫌いなのだもの。モラル、倫理、道徳、常識………そういう言葉に反発して来たのが村上春樹の世代、私の世代、団塊の世代なのだもの。あげくの果て、それを超える新しい何物も生み出せなかったのだもの。この年長の地下鉄職員の良識に負け、「少し勉強なさった方がいいですね」といわれてしまう始末なのだもの。

巻末で村上春樹は、しぶしぶという感じで「モラール」という言葉を使っている。モラルじゃなくて、わざわざモラールね。なんだか無駄な抵抗という感じがする。小細工という感じがする。

私たちの世代は、こういう曖昧さを持っている。私たちの世代は若い頃に夢見ていたほど、いい大人にはなれなかった――と私は認める。

「いい大人になれなかった」ことは認める。でも、村上春樹の言動を「ためらい」だと言い、それに中野が「無駄な抵抗」とか「小細工」を感じるとすることは、どうかと思う。むしろ中野の断定的な言い方に抵抗を感じる。中野がいう「年長」に属する世代だけれども、モラル、倫理、道徳、常識………そういう言葉に反発してきたのは同じだし、あげくの果て、それを超える新しい何物も生み出せなかったことにも荷担している。その意味では同世代の者である。

たしかに僕らの反発はいまでは色あせている。モラル、倫理、道徳、常識。それだけではない。それらと複雑に絡み合ってもいた安保闘争や学園紛争もそうである。いったい何だったのだろう。マルクス・レーニン主義は何だったのだろう。ベルリンの壁の崩壊ばかりではない。僕たちの反発を踏みつぶし、日本を発展へと導いてきた「仕組み」すらも、いままさに音を立て崩れだしている。

だからと言って、「ためらい」から「無駄な抵抗」を感じてしまっていいものだろうか。そうする延長線上には落とし穴が潜んでいる気がする。続く中野の「解釈の空しさ」が、その危うさを端的に示している。神戸小六男児惨殺事件をめぐるメディアなどの対応を、福田恆存の「私が避難してきた『文化人』といふのは、世間のあらゆる現象相互の間に関係を指摘してみせるのがうまい人種のことであります。関係さえ見つければ、それで安心してしまふ。それは聴くうち、説明さえつけば、解決されたと思い込んでしまふ」(『日本への遺言』文藝春秋)という言葉を引用し、中野は言う。

「私も今回の事件をやみくもに恐れていて、それで、無い頭を振り絞って、『こういうことだろうか、ああいうことだろうか』とか、いろいろな『解釈』をひねり出しているのだけれど……なんだかもう、そういうことをやっていても空しい感じがして来た。『解釈』ができたからって何も変わらないからだ。後手(ごて)後手(ごて)に回っているだけで。ここまでモラルの底が抜けてしまうと……何だかもう、祈るしかないような感じがする。人間の悪にも限りがある、と」

気持ちはわからなくはないけれども、それ以上に「解釈」することを「空しいと感じてしまう」「何だかもう、祈るしかないような感じがする」という言葉に危険な臭いを感じてしまう。「無駄な抵抗」や「小細工」と感じることと同根で、反発の裏返しであろう。物事を善いこと悪いこと、正しいこと誤っていること、と単純に二分して考えるという「わな罠」に、中野は囚(とら)われていると思う。

「私たちの世代は、こういうあいまい曖昧さを持っている。私たちの世代は若い頃に夢見ていたほど、いい大人にはなれなかった――と私は認める」と言う中野に、囚(とら)われが滲(にじ)み出している。「曖昧」が嫌いで、何かきっちりとした反発の対象、あるいは拠(よ)り所が欲しいのであろう。その気持ちが、反発から一転して、無駄な抵抗へという気持ちに、そして諦めによる肯定へと動かしているように思う。

「二分法」に頼り、それに判断を委(ゆだ)ねることは分かり易いし、楽である。でも、僕たちが体験で学んだことは、物事を単純に「二分法」で見ることは危険だということもはずである。次世代に伝えるべきことを上げろと言われれば、間違いなく「二分法」に固執(こしつ)することの危険性を指摘するだろう。ただ、どちらが正しくて、どちらが誤っているということを言うのではなくて。僕はそう思うのである。

「二分法」は例外なく悲劇を招いてきている。もっとも基本で普遍で「二分法」の適用に問題がないと思われるモラルや倫理や道徳の問題に限っても、「二分法」がとんでもない結末を招いてきている。歴史が、その事実を伝えている。オウムも、その産物であろう。モラルや倫理や道徳などと深く関係しているのが宗教である。この宗教の名の下に、どれだけの悲劇が繰り返されてきたことか――。それは今も変わらず続いている。心理学者で文明評論家でもある岸田秀が面白いことを言っている。「宗教は何だかわからない」と題し、おおよそ次のように書いている(『二十世紀を精神分析する』文藝春秋)。

世界の三大宗教の一つの仏教には神いない。そうだとすると、神のいる、いないは宗教の本質的条件をなさないことになる。神のいない仏教は、むしろ、もののあわれ人生の生き方を説いているように思えるが、それが宗教ならば、儒教だって、道教だって宗教であろう。同時に、それだとすると、宗教と倫理の区別がつかなくなる。しかし、他民族、他宗教信者の大量虐殺を正当化してきた宗教に事欠かないのだから、道徳を宗教の本質ということはできないだろう。

それでは世界の発生を説明するのが宗教の共通条件であろうか。確かに、世界の発生を説明している宗教は多い。日本神道もそうだし、多くの民族は自国民の起源を説明する神話を持っている。しかし、それは自然科学においても試みられていることで、宗教特有のもとは言えない。

では、宗教特有の本質的条件とは何だろうか。教祖がいることか。確かに、多くの宗教においては、偉い教祖がいて、その尊い教えに信者がついてゆくという形のものが多い。しかし、それも宗教の特徴とは言えない。政治結社や革命国家がそのような集団になることがあるからである。

メンバーの悩みや心配事に、耳を傾け、相談に乗るのが宗教の重要な役割であろうか。しかし、それは集団精神療法と同じようなもので、宗教の集会と集団精神療法との違いがはっきりしない。

宗教の教祖の中には、死人を生き返らせるとかの奇蹟を行ったと称したり、世界の救済を説いたりする者がいるが、こういうのは一般的に言えば誇大(こだい)妄想(もうそう)である。一般常識から言って信じがたいような奇妙なことを実践する宗教団体があったりするので、宗教と精神病との区別はつけがたい。 教祖の誇大妄想を信じる信者がいるという違いがあるだけである。

岸田は、こう言って、次のように締めくくっている。

「要するに宗教を宗教たらしめる本質的な共通の条件はないようである。宗教は、道徳であるようでいささか道徳と異なり、世界創造の理論であるが独自のものではなく、教祖への信仰と服従を特徴としているようでいてそうではなく、心理療法ではないが心理療法に似ており、精神病に似ているところもないではないが精神病でもないという変な現象である。ある人が自分を教祖と称し、数人以上の人が信じてついてゆけば、新宗教が一丁出来上がる感じである。しかし、魚釣りとか山登りの同好会ではなく、ともかく宗教団体で、また信者をみてもふざけているのではなく本当に何かを信じているらしいから、何か宗教に特有のものがあるのではないかと思うのだが、それが何であるかが分からないのが正直なところである」

まじめに信仰している人たちには怒られそうである。でも「宗教は何だかよくわからない」と言う岸田の感覚は、表現方法はともかく、その意識はまともだと思う。

作家の司馬(しば)遼太郎(りょうたろう)は、前々から、宗教の持つ狂気性を懸念し、宗教は千年、二千年を経てマイルドになったものでなければならない、しかも物事を絶対視するよりも相対的にとらえる仏教的な感覚のほうが好ましい、と語っていた。その司馬遼太郎が宗教学者の山折哲雄と語る、これからの日本人に求められる宗教感覚と、岸田の感覚は決してかけ離れてはいないように思う。

日本人の宗教感覚はいい感じである。特定の宗派とか教義に帰属することを嫌う態度は、これからの未来を拓く重要な宗教的な感覚である。宗教的な境界やセクトの垣根を取り払い、それに代わって宗教的な自然感覚、ほのかなアミニズム、つまりどこかの山に入って、谷間を見て、そこに一種の美しさとか、懐かしさを感じたりするという精神を浮き上がらせて大事にしたい、と二人は語っている。山折が、日本人の宗教感覚というものには、かなりいいものがそなわっていると思うという発言を受けて、二人は次のように話している。(『日本とは何かということ』NHK出版)。

司馬―私もいい感じだと思いますね。一般庶民、そして日本の知識人は、いい感じですね。宗教において。
山折―そうですね。
司馬―つまり他宗教、たとえばローマ・カトリックの総本山、ローマ教皇庁のヴァチカンに行くと、きれいな心、いい顔になって出てくる、別にクリスチャンでもないのに。私たちの宗教感覚は、そういう感じのいいところまで、いっているように思うのです。
山折―日本人は、特定の宗派とか、特定の教義に、ぞっこん身をまかせるのを避けてきたところがあるのですね。特定のセクトに、それこそドグマティック(教条主義的)に帰属することを嫌ってきたと思うのです。
司馬―嫌いです。
山折―こういう態度は、それなりにこれからの未来を拓く、重要な宗教的な感覚でしょうね。宗教的な境界を少しずつ取り払っていくというか、宗教的なセクトの垣根を低くして、それに代わって、宗教的な自然感覚というものを、いろいろな形で浮上させていく、そういう感覚を大事にしていくということですね。
司馬―そのようにしたいですね。
司馬―そういう自然な宗教的感覚、ほ 仄かなアミニズムの感覚でしょうか。つまりどこかの山に入って、谷間を見て、そこに一種の美しさとか、懐かしさ――懐かしさというのは、千年前の懐かしさのような懐かしさ――を感じたりするという精神の中に、日本人の宗教感覚が入っているわけですね。そういうわりあいいい感じの宗教感覚を生かして、世界にひとつの調和を与える――というと少しおこがましいのですが………。

二人の言う「いい感じ」の基本には、特定の考え方や観念に対する「ためらい」があるように思う。それが司馬を「裸眼」で見ることに駆り立てたのだと思う。文化人類学者の松原正毅は、司馬を「裸眼の思索者」だったと書いている。できあいの色眼鏡で見るほうが楽である。裸眼で見るには、かなりの力量がいる。間違えば独善に陥りかねない。松原は言う(『日本とは何かということ』NHK出版)。

「独善的な視点を制御するためには、強靱な知的筋力が必要である。司馬さんは、まさに強靱な知的筋力の所有者であった。大量の資料群を読みこなし、咀嚼(そしゃく)するなかで、独善とは相容れない強靱な知的筋力を身につけていったのである。これが、司馬さんの独自性をもった思索力の源になっている」

村上春樹が「ためらい」に、どこまで意識していたのかわからない。でも、「いい感じ」につながる可能性をひめている「ためらい」は大切にしたい。「二分法」にも良さがあることを認めるけれど、「二分法」によりもたらされる画一と対立が支配する世界に、もっと危惧(きぐ)を憶えるからである。

一九九七年夏 伴 友貴