第3講 知的財産権を守る世界の仕組み(1/3)

細川 学(2006年08月)

第1話 知的財産権の保護制度の歴史利

知的財産権保護の機運はどうして生まれたのですか

  1. 広い意味での専業・専売等の特権(パテント)は大変な利権であり、古くは国王や支配者により特定の人に与えられていました。パテントを得た人は富豪になる一方で、多くの民衆はパテントにより苦しめられました。そして国王などの権力者との長い闘争の末に国家による特許制度が生まれました。最初の特許法は1474年のベネチャ特許法と言われています。
  2. しかし、内容的に見て、近代特許法の元祖と言われているのは、1561年に国王の特権を改める形で制定された、当時の大英帝国全体に適用されたイギリス(連合王国)特許法です。
  3. その後、各国で特許法が制定されるようになりましたが、それぞれの事情から異なった制度が作られることになりました。日・米・独のような発明の実体審査を行う審査主義と、仏に代表される無審査主義とに大別されます。詳細は第16 講で説明します。
  4. なお、特許と共に実用新案、意匠、商標等の工業所有権法も順次制定されましたが、これらの知的財産関連法はすべて「属地主義」で、各国がそれぞれ独自に権利を付与するために近隣諸国間で本家争いが発生するようになりました。

知的財産権の属地主義とはどんなことですか

  1. 国家の主権の及ぶ範囲はその領土内に限られ、国家が制定した法律が適用されるのは、その国家の主権の及ぶ範囲に限られる。これが法律についての一般的な考え方ですが、この考え方に基づくと、ある国で付与された知的財産権の効力もその国の主権の及ぶ範囲に限られるということになります。このように誰が行ったかにかかわらず、その行為がなされた国家の法律を適用する(したがって、それが適用される範囲も、その国家の領土内に限られる)という考え方を「属地主義」と言います。
  2. しかし、この「属地主義」に基づいて、各国がそれぞれに知的財産権を付与すると、その知的財産権が絡んだ商品等は国境を越えて流通するために、重複や盗用等の様々な問題が市場で発生する可能性が出てきます。事実、いろいろ問題が起こり、その結果、この「属地主義」の問題点を是正するために、知的財産権については「パリ条約」等の国際的な条約や協定が締結されることになりました。
  3. なお、人がどこにいても、その人の行為については本国法を適用するという考え方もあります。これを「属人主義」と言います。

パリ条約とはどのようなものなのですか

  1. パリ条約(the Paris Convention for the Protection of Industrial Property)。工業所有権の国際的保護のための基本的な条約で、1883年にパリにおいてイギリス、フランス・イタリア等10カ国で調印され、発効しました。以後、何度も改正が行われてきている。保護対象は、発明・実用新案・意匠・商標・地理的表示(原産地表示と原産地名称)など幅広く、不正競争防止規定も含まれる。内容は基本的には、(1)内国民待遇(他の同盟国の国民に、自国民と同一の保護を与える)、(2)優先権制度(ある加盟国で出願されたものについては、一定期間の間は、他の加盟国での出願も最初の出願と同じ日に出願されたものと見なす)は制度、および(3)共通規定(締約国すべてが従うべき最低限の保護規定:特許独立の原則――ある国で無効とされても他国での特許の効力は左右されないなど)から構成されている。条約加盟国は、現在160 ヶ国以上に達している。
  2. 日本は明治32年(1899年)に加盟していています。
  3. パリ条約の概要は次に述べる通りですが、さらに詳細に第5 講で説明します。