わが青春の譜(1)(2/3)

山岡浩二郎

スポーツに明け暮れて

私は大正七年(一九一八)一月二日、大阪市東区東高津北ノ町七一六番地に、父川崎貞一、母ことの次男として生まれた。今は天王寺区になって地名も消え、あたりの様子もすっかり変わってしまったが、今の高津神社や府立高津高校のある上町台地の一角と思ってもらえればよいだろう。由緒ある神社や寺の多いところで、今でもムクドリや野鳩が飛んでくるところである。父は、東京高等師範学校を出て、中学校で英語の教師をしていたが、その後、小学校の校長を永く務め、家庭環境はなかなか厳しい家柄であった。二歳年上の兄、辰雄、三年のちに妹、美啓子が生まれ、三人兄弟のひとりとして育てられた。

小学校3年の時、家族全員で(子供の中央 浩二郎)

五歳のとき、現在の大阪教育大学の前身であった大阪府女子師範学校附属幼稚園に入園、三年保育を終えて、大阪府天王寺師範学校附属の小学校に入学した。

当時この附属は入学基準が厳しく、たんに成績の善し悪しだけではなく、家庭の環境や躾まで選考の対象にしていた。

師範学校の構内には大きなグランドがあって、師範学校の生徒たちが元気にサッカーをしていた。ボールを蹴って構内を駆けまわる姿がいかにも躍動感にあふれており、幼稚園児の頃から私はたちまち好きになり、小学校に入るとやがて朝早く起き、授業の始まる一時間前にはもうグランドに立って、懸命にボールを追いかけるようになっていた。

当時、蹴球と呼ばれたサッカーは、明治の初めに日本に伝わった。明治三十年(一八九七)東京高等師範学校でゲームとして正式にとりあげられてから、面白さを知った卒業生が、教師として全国各地方の学校に赴任してそれを伝え、急速に広がったといわれる。私が小学校に入学した頃、関西学生リーブや東京カレッジーリーグも結成され、ようやく広く日本全土で人々の耳目を集める時期にあたっていた。

今とちがってこの時代の子供たちは、スポーツとまではいわないまでも、とにかく毎日外でよく遊んだものだった。私は運動神経に恵まれたこともあって、スポーツは大好きで、なかでも球技を好み、テニス、野球、卓球などいろんなことに手を出した。今から思えば、この頃からすでに、いずれは何かのスポーツ選手になれそうなスポーツスピリットのようなものが兼ね備わっていたようだ。

中学校は大阪府立今宮中学校に入学した。残念なことに戦後の今宮高校は、学区制のせいもあって往時の元気をなくしているようかが、戦前の今宮中学といえば、それこそ北野中学と並ぶ、進学の優秀さを讃えられた名門校であった。古ぼけた木造の校舎で、今宮戎から迷路のような露地を通り抜けると正門があった。

中学校に入るとすぐにサッカー部に勧誘された。ところがサッカー部の部室に行ってみると、煙草の臭いはするし、どうもいまひとつ雰囲気に馴染めない。こりや不良の仲間になったらたいへんだという気がして、思い切りよく断わった。そのとき、もしそのまま入部していたら、おそらくサッカー選手にはなったろうが、せいぜい二流の大学を出て、今ごろ何をしていたかわからなかったろう。背丈もそんなに高いほうではなく、体格面からはスポーツ選手に適したかどうか多少不安もあったし、まあ真面目に勉強をしたおかげで、帝大まで行って何とかものになったんだと思うと、こんなささやかな思い出のひとつもまた不思議な気もする。スポーツ選手としての道は歩まなかったが、根っからのスポーツ愛好家として、後年、栄光あるヤンマーサッカー部などに貢献できたのも、このときの決断が左右したという気がするからだ。

それでも、中学校では、三年生のときには体操の鉄棒と鞍馬で知事賞をもらった。のち、ヤンマーサッカー部を創設し、みずから部長兼総監督になったり、ゴルフもシングルまで上達し、琵琶湖カントリークラブではクラブチャンピオンをもらうまでになったのも、このころの熱心な鍛練がつながったものと、ここはひそかに自負しておくことにする。

そういえば私の小・中学生時代の同級生には、中学校でラグビー部をつくったり、陸上の高飛びでオリンピック選于になったり、サッカーで日本一になったというような、運動神経に優れた者が多かった。すばしこいというか、ヤンチャというか、そんな連中がそろっていた。おかげで授業中、昼前ともなれば腹はへるし、眠いし、ついこっくりこっくりやって、何度となく先生から頭をコツンとやられたものだった。

小学校時代の恩師 難波義秋先生

後日談になるが、そんな小学校時代の恩師の一人である南波義秋先生が、定年退官後の先年、縁あってヤンマーの山岡育英会事務局にお勤めいただくことになった。懐かしい再会だったが、当時のヤンチャ昭代のことがばらされそうで、何となく照れくさいなと、年甲斐もなく思ったものである。世の中というものはよくいったもので、狭いようで広く、広いようで狭いもの、いろんなことがあるものだ。