ぼちぼちいこか 「ワインの旅6」嗜好は変化 PDF
伴 勇貴 2003年08月
増える日本酒を飲む機会
飲兵衛で、酒について、いろいろ、うるさいこと言うものだから、「ワインについても書いてみろ」と言われる羽目になり、その「命令」に従って書き始めた。ところが書き出してみたところ、ただ美味い、不味いと繰り返してコメントするだけで、気の利いた蘊蓄を、それぞれのワインについて傾けることなど僕にはとてもできないこと痛感した。
そもそも嗜好はうつろいやすい。それを改めて思い知られた。昔は白ワインが赤ワインよりはるかに美味いと思っていたが、今は、赤ワインの方が飲んでいて嬉しい。ワインだけではない。ビールもそうだ。あれだけドイツのビールは美味いと思っていたのに、最近はカンボジアで飲む「アンコールビア」は絶品だと思う。イギリスの生ぬるい、やや赤みを帯びたビールぐらい、口当たりと喉越しの良いものはないと思う。ウィスキーやバーボンやブランデーにしても同じだ。本当に、この30年あまりで好みはかなり変化した。
つまり嗜好 ─── その基礎であるはずの味覚もブランドで左右されるものでもなければ、絶対的なものでもないということだ。今、好きで、最も飲む機会の多い日本酒で、このことを常に確認している。日本酒は不味い、日本酒なんてと思っていた時代があった。ところが、ある酒蔵で絞りたてのものを飲み、瓶詰めとはまったくの別物で、美味いのに驚かされた。その時に頭の片隅に刻まれた味覚の記憶に近いものが、最近は、防腐剤抜き、醸造アルコール抜きを謳い文句にした保存状態の良い日本酒に見られるようになっている。
しかも、値段もリーズナブルであり、比較的容易に、気軽に口にできるようになっている。その結果、日本酒を飲む機会が圧倒的に多くなっている。
いろいろ日本酒についても学んだ。同じ純米、吟醸、大吟醸と言っても、千差万別だし、同じ蔵元の同じ銘柄でも、多分、保管状態によるのだろう、話にならないほど不味いものもある。「体調」のせいだという人もいるが、「体調」以前の問題だとしか言えない現実が、結構、蔓延している。
多分、同じことは、ビールについても言えるだろう。昔、絞りたてのビールを飲んだけれど、これは間違いなく絶品だった。それに近い味のものが手に入るのであれば、僕は今でも、カンボジアやロンドンでなくとも、日本に居てもビールを飲むと思う。
フランス・ワインもいろいろ
ワインも程度の差はあるにしても同じだろうと思う。ワインと言えば、本場はフランスだし、僕もワインを好きになったのはフランスに行ったときからである。しかし、最近は特にフランス産であるかどうかは気にならない。酒とは、とは、そんな単純なものではない。ワインだって同じだろうと自分勝手に思うようになっている。
同じ値段を払うのであれば───もちろん廉価なものについての話だけれど───今ではフランス・ワイン、イタリア・ワインあるいはカリフォルニア・ワインと銘打ってあるものよりはチリなどのワインの方がはるかにお買い得なことが多い。
しかし、そうは言ってもフランス・ワインを無視はできない。多くの産地があるが、主な産地についてある程度の知識は持っていた方が楽しく飲める。参考までに、もろもろの資料を整理すると、だいたい次の通りである。
シャンパーニュ
有名な発泡性ワイン「シャンパン」の産地。このシャンパーニュ地方で、瓶内2次発酵によって造られる発泡性ワインを「シャンパン」という。
ブドウは黒ブドウのピノ・ノワール(Pinot Noir)とピノ・ムニエ(Pinot Meunier)、それと白ブドウのシャルドネ(Chardonnay)果汁を発酵させたものを瓶に詰め、それに酵母と糖分とリキュールを加えて密栓。瓶の中で再び発酵(二次発酵)させる。出荷前に二次発酵で生じた澱を取り除き、コルク栓をする。シャンパーニュ地方は冷涼なため、年による品質差が大きく、一般に品質を一定に保つため、異なる年のワインをブレンドしている。
ブルゴーニュ
ソーヌ河流域。赤ワイン中心の「コート・ド・ニュイ」(Cote de Nuits)、白ワイン中心の「コート・ド・ボーヌ」(Cote de Beaune)。辛口白ワインで知られる「シャブリ」(Chablis)の三地区が有名。赤はピノ・ノワール、白はシャルドネというように単一品種のブドウを用いるのが特徴。なお、この地域では同じブドウ畑から複数の生産者がワインを作ることが多く、品質が異なるという。
ボルドー
ジロンド河流域。シャトー・マルゴー(ChateauMargaux)やシャトー・ラフィット(Chateau Lafit-Rothschild)などカベルネ・ソーヴィニョン(Cabernet Sauvignon)主体の赤ワインが有名な「メドック」(Medoc)地区、それとメルロ(Merlot)中心の赤ワインで有名な「サンテ・ミリオン」(ST-EMILION)地区などが人気がある。
この地域の赤ワインは、一般にカベルネ・ソーヴィニヨンを主体にカベルネ・フラン(Cabernet Franc)、マルベック(Malbec)、メルロなどのブドウをブレンドしている。一方、白ワインはソーヴィニヨン・ブラン(Sauvignon Blanc)、セミヨン(Semillion)、ムスカデ(マスカット)(Muscadete )などのブドウをブレンドしている。
つまり、赤ワインも白ワインも、この地域のワインは各種ブドウを使うブレンド・ワインが主体であり、これが一つの特徴となっているという。なお、ボルドー・ワインは一般に「シャトー」の名前で呼ばれる。英語の「エステート」(広大な地所)で、ある特定の私有地のブドウ畑のブドウだけで造られるのがシャトー元詰めワインである。
ロアール
もう一つ、ロアール河流域を忘れてはならない。河口の「ナント」(Nantaus)地区ではブドウの名前がワインの名称にもなっている辛口淡泊な白ワイン、ムスカデ。「アンジュー・ソミュール」(Anjou & Saumur)地区では甘口のロゼ。「トゥーレーヌ」(Touraine)地区ではカベルネ・フランの赤ワインなど。そして「中央」(Centre)地区はソーヴィニョン・ブランの辛口白ワインやピノ・ノワールのロゼなどが作られているという。
こうしたことはワイン好き人にすれば、基礎の基礎なのだろうけれど、僕の場合は、こんなことを多少なりとも知るようになったのは、この十年あまりのことである。それまでは、ただ美味いかどうかしか関心がなかった。
ロアール渓谷の古城めぐり
こうしたことに少しでも興味を持っていれば、ロアール渓谷の古城めぐりももっと面白かったに違いないと今になって悔やんでいる。そうそう行けるところではないからだ。
30年ぐらい前のことである。最初に行った外国はフランスで、引き続いて、その後の2、3年間はフランスに頻繁に出張した。長いときは1回に1ヶ月ぐらいパリに滞在。延べ半年以上、パリに滞在するハメになった。
その時には、休日を使い、パリ市内はもちろんのこと、郊外のヴェルサイユ宮殿から、満潮になると島になるノルマンディー地方の「モンサンミッシエル」(Mt St Michel)などあちらこちら行った。
思い切ってロアール渓谷の古城巡りにも挑戦した。パリから車で出掛けた。
途中、「シャルトル」に寄る。延々と続く麦畑、その広大な平野の彼方に、と天高くそびえる大聖堂の尖塔の姿が現れてきたのには驚かされた。街のたたずまいといい、大聖堂のステンドグラスといい、「一度、見た方が良い」と勧められただけのことはあった。
渓谷に入るとロアール河の両側に古城が建ち並んでいる。豊かな地域で、ルイ14世がヴェルサイユ宮殿を造るまで、ここに歴代の王が城を築いたため、30以上の城や舘が集中しているのだという。
主なものだけでも、右図に示すように川沿いに点在する。時間的な制約があったため、これらを駆け足で回った。それでも壮大な⑯のシャンボール城とか、川面に映える⑪のシュノンソー城の美しい姿は今でも鮮明に覚えている。
名前は覚えていないが、小さな洒落たレストランで食事をとった。パリの市内で食べるのとは違う、あまり手の込んでいない素朴な料理とハウスワインが美味かった。大勢で、いろいろな料理を注文し、それをシェアして楽しむ。名物だという鹿の肉もなかなかだった。
その後、何度もパリには行ったが、この時ほど素直に食べ物と飲みものと風景に感動したことはない。贅沢の極みだった。それでも、いま思い出すと、やまれる。ロアールのワインについて知っていたら、間違いなくワイナリーに行き、保存状態の良い「ムスカデ」に挑戦する。この折角のチャンスを逃したと残念に思うばかりである。
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以来、実に多くのフランス・ワインを飲んできている。昨年にも、忘れられない「事件」に遭遇した。このシリーズの初めに登場したMさんと、ジュネーブからの帰路、休日を利用して立ち寄った地中海沿いに広がる一帯「コート・ダジュール」(紺碧の海岸)の中心地、リゾート地として有名な「ニース」での出来事である。
名前の通りの紺碧の海と空。マチスやシャガールの美術館などに行ったり、高級住宅街を散策したり、あるいは日没まで海岸でビールを飲みながら日光浴を楽しむ。そして最後の晩は、野菜や魚介類の露店が並ぶ市場から遠くない狭い路地裏のレストランでワインを飲みながら過ごそうということになった。
すでに昼間に探索した一帯で、安くて美味そうなレストランが何軒もあった。シャワーを浴びてスッキリし、期待に胸を膨らませてホテルを出る。イタリア料理のレストランに入った。直ちにMさんはワイン・リストに没頭する。
ワインは「おまかせ!」と言われているからだろう、思案している。それも普段の倍以上の時間をかけている。ついに意を決したようにボーイを呼び、注文する。ここプロバンス地方もワインの産地だし、折角なのだから地ワインを頼んだという。奇妙な格好の瓶が運ばれてきた。テイスティングをMさんがする。神妙な顔をしている。
「で、どう?」と僕。
「まあ、飲んでみて!」とMさん。
促されたもので僕も口に含んだ。ところが適切な言葉が浮かんでこない。「こういうのを、なんてコメントするの?」と僕。Mさんは、やや顔をしかめ、それから苦笑いしながら「不味い!」という。
それを聞いて妙に嬉しくなり、「そう! 不味い! それなら僕も分かる」と言うと、「まあ、地ワインだから。一番高いヤツにしたのだけれど2000円もしないし」と弁解する。そして瓶をテーブルの隅に押しやり、「これは飲まないで食事だけにしょう」と照れながら言う。
もちろん、異論はない。最後の夕食はワイン抜きだった。料理もワインと同じようなものだった。ボリュームたっぷりで1人2000円もしなかったけれど、ほとんど残すハメになった。最後の最後までニースの印象は強烈だった。
(2003年夏)