ぼちぼちいこか 「ワインの旅3」オーパスワン  PDF

伴 勇貴 2003年04月 

カリフォルニア・ワイン 

初めて飲んだワインはフランス・ワイン。続いてラインやモーゼルなどドイツ・ワインにはまった時期もあったが、その後、カリフォルニア・ワインも捨てたものではないと思うようになった。いずれも30年以上も前のことだ。なかでもカリフォルニア・ワインは、サンフランシスコ本社の米国企業で働いたことがあるので、想い出が深い。

周囲に日本人は1人もいない。午前8時に出勤し、ヘレンケラーの状況で議論し、タイプライターと悪戦苦闘し、秘書に頼み、英語をチェックしてもらい、レポートをまとめる。午後6時の勤務終了までの一日があっという間に過ぎた。何もかも英語である。日本語が恋しくなると、日本人客の多いホテルなどに出かけ、そこに置いてある新聞を見るか、日本人相手の飲み屋に行くぐらいしか方法がなかった。

住んでいたのはサンフランシスコの下町、会社まで歩いて通勤できるところにある半地下ワンルームのステューディオ。小さなキッチンでコーヒーかインスタント・ラーメンの湯を沸かすぐらいしかできない。といって金は少ないし、外食ばかりもできず、夜は、ほとんどラーメンをすすりながら部屋に籠もり本を読むか、アルバイトの原稿を書いていた。近くでピストル乱射事件や殺人事件が起こるなど当時は今よりもはるかに物騒だったこともある。まさに映画「ダーティーハリー」の世界である。それに電話代は高いし、今のように便利なメールもない。

週末は、自動車など持っていないものだから、昼間は、もっぱらケーブルカーを使って、あちらこちらに出かけ、歩き回った。坂道ばかりだから良い運動になる。しかし、夜は特に代わり映えはしない。だからイングランド系、アイリッシュ系、イタリア系、ドイツ系などのアメリカ人上司や同僚から誘われたら断る理由などない。ホームパーティからピクニックなどどこでも出かけた。そして飲んだカリフォルニア・ワインは美味かった。なかでもシェラネバダ山脈の中に入り、木陰や湖畔で飲んだヤツは最高だった。当時は、ほとんど白ワインばかり飲んでいた。

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以来、仕事でたびたびニューヨークやワシントンなど行くようになったが、帰りにはサンフランシスコに立ち寄り、昔を懐かしみつつ、ちょっと身体を休めるのが慣例になっている。

そうやってサンフランシスコを眺めてきていると、東京に負けず劣らず街の様子が変化しているのがよく分かる。再開発が進み、うらぶれた桟橋は土産物屋で溢れる一大観光地になり、スラム化し、危険だった一帯は、真新しい球場やホールやホテルなどが建ち並ぶ地域に生まれ変わっている。我が儘なもので、最近は、昔の汚れたサンフランシスコが妙にかしくなってくる。

4年ほど前のことだ。普段とは逆に、ワシントン、ニューヨークに行く前にサンフランシスコに寄った。シリコンバレー勤務になっている知人のSさんからメールがあり、寄らないかと言われていたのを思い出し、連絡をとった。久しぶりの再会である。

30年ぐらいのつき合いになるSさんと心おきなくナパバレーのワイナリー巡りするためである。長年の夢の実現である。2人ともワインを口にする前から酔っていた。車中、話が弾みきりがない。

オーパスワン

Sさんは、いつものように事前準備は怠らない。僕は、すっかり赤ワインが好きになったけれど、ただ飲むだけで、銘柄とか年だとかは相変わらず、まったくの音痴である。で、Sさんお勧めの「オーパスワン」(Opus One)をまず目指した。

あっという間に「オーパスワン」に到着する。入り口の両側はブドウ園である。そのはるか奥に低層の奇妙な形の建物が見えた。それがワイナリーである。建物の地下が熟成室になっているという。

建物に入ると、まず受付で記帳させられ、それから試飲室に案内される。試飲は有料である。文句なしに美味かった。空きっ腹にしみる。あっという間にグラスが空になる。続いて、年代の違う、ちょっと高いものを注文する。これはさらにコクがあって美味い。ただただ嬉しくなる。あともう一杯と思ったが、この調子でやったらぶっ倒れると思い諦め、1人2本までというので、美味かったほうを2本購入した。

1本はワシントンにいる知人への土産、もう1本は自分のためである。それを持って屋上に上がる。まわりは一面のブドウ園。少しほてった頬に、ひんやりとした空気が当たり気持ちよい。まさに至福の時だった。

Sさんの説明を聞いたり、パンフレットなどを読んだりする余裕も生まれた。総合すると、「オーパスワン」は、フランス5大シャトーの1つ「ムートンロートシルト」のオーナー、フィリップ・ロスチャイルド男爵とカリフォルニア・ワインを世界的に有名にした「ロバート・モンダヴィ・ワイナリー」の創業者ロバート・モンダヴィが一九七九年に設立したワイナリー。名前の意味は「作品番号一番」だという。

ブレンド・ワインで、カベルネ・ソーヴィニヨン(CabernetSauvignon)を中心にカベルネ・フラン(Cabernet Franc)、メルロー(Merlot)それとマルベック(Malbec)の4種類のブドウを混ぜ合わせている。年によって配合率は異なるが、カベルネ・ソーヴィニヨン86%、カベルネ・フラン7%、メルロー5%、マルベック2%といったものが代表的な配合比率である。

カベルネ・ソーヴィニヨン ──フランス・ボルドー原産の代表的赤ワイン用のブドウ。世界的に栽培されている。深みのある色合いと芳醇で渋みのある長期熟成型ワインが得られる。

 カベルネ・フラン ──────フランス・ボルドー原産の赤ワイン用ブドウ。カべルネ・ソーヴィニヨンに近いが、やや渋みがやわらかい。ブレンド用に用いられることが多い。

 メルロー ──────────フランス・ボルドー原産の赤ワイン用ブドウ。渋みが控えめで、口当たりの良いワインが得られる。アメリカで人気が上昇している。

 マルベック ─────────フランス・ボルドー原産の赤ワイン用ブドウ。色が濃く、渋みも強く黒ブドウとも言われ、ブレンドに用いられることが多い。アルゼンチンとチリで開花、香り高く長期熟成のワインが作られている。

こんなことを知った。そして、その特徴のあるラベルとともに有名で、日本で入手するのはなかなか難しく、高価なものであることも知った。その時には、もう「オーパスワン」は空になっていた。

オーヴァチャー(Overture)

かねてから知人のYさんには、「バローロ」をもらったもので、機会があれば「オーパスワン」をお土産に買おうと思っていた。ワイン・コレクターのYさんから、「オーパスワン」に行ったが、高いし、2本しか売らない傲慢ごうまんな態度が頭にきて、買わずに帰ってきたと聞かされていたからである。たしかに「お高く」とまってはいた。しかし、やっぱり「一飲は百聞にしかず」である。

昨年秋、その機会がやってきた。風力発電システムを見学に行くことになり、その途中、立ち寄ることにした。2度目となると、多少、余裕を持って観察できる。前衛的で、とてもワイナリーとは思えない。それでいて周囲のブドウ園に奇妙にとけ込んでいる大理石の外壁と建物。その大理石の外壁の内側から、一直線の道のはるか遠くに門が見える。

建物は、この外壁に囲まれた半円形の中庭に面し、庭は土手に覆い囲まれる形になっている。内部にはらせん階段。屋上に上がると、360度、一面のブドウ園が目に飛び込んでくる。ちょうど良い季節で、緑が目にしみる。

収穫前のカベルネ・ソーヴィニョンがたわわに実っている。ブドウの実と房は、やや小ぶり。デラウェアぐらい。色は巨峰ぐらい。ちょっと失礼して、一粒を口に含む。皮が厚く、濃厚な甘みがするけれど、渋みもかなり強かった。

これから、あのワインができるのかと不思議になる。なお、余談だが、「バローロ」の原料のブドウは違う種類である。写真を見た限りでは、カベルネ・ソーヴィニヨンと似ているが、ネッビオーロ(Nebbiolo)───イタリア・ピエモンテ州を原産とする赤ワイン用ブドウ。強い渋みを持ち、長期熟成型ワインが得られる───という品種である。

試飲室に入り、試飲する。念のために何本まで買えるかと聞くと、「オーパスワン」はやっぱり1人2本までという。その代わり、これなら12本まで良いというので差し出されたのが、「オーヴァチャー」である。

ところが、この試飲はできないという。何度、頼んでも無理だった。販売しながら試飲させないというのはおかしいと腹が立った。多分、「オーパスワン」の味と値段を考えると割安なためだろう。それ以外に考えられないと思い、「オーパスワン」を2本、それと「オーヴァチャー」を4本買い求めた。

もっともすべて知人や友人にあげてしまったので自分では確認はしていない。「オーヴァチャー」美味かったとは聞いた。それからYさんの「オーパスワン」評、「やっぱり美味かった。とくに香りは良かった。ブレンドだからかな───」という。一本だけのんで、後は保管しているという。

なお、ナパバレーの位置だが、サンフランシスコから北に向かって車で一時間半ほどの距離にある。景色を楽しむのであれば、ゴールデンゲート(金門橋)を渡って行くルートの方が良い。橋を渡ってすぐのサルサリートをはじめ、瀟洒な街がドライブを飽きさせない。ナパを流れるナパ川沿いの丘陵地帯にはたくさんのワイナリーがある。

(2003年春)