第23講 (追補)職務発明の対価について
細川 学
1. 職務発明の対価に関する判決の変遷 (2005/2/3) PDF
- 判決の変貌の流れ
- 判決の要点
- 判決の概要と注目点
2. なんとも厳しい判決3題
日亜事件・ミノルタ事件・ロットレスシリンダー事件 (2005/6/21) PDF
- 日亜事件、東京高裁の和解勧告
- ミノルタ事件、公決後の補正を「変更した判決」
- ロットレスシリンダー事件、プロパテント的判決判決
3. 知的財産権の訂正と紛争
ロットレスシリンダー事件を一例として (2007/2/16) PDF
- はじめに
- ロットレスシリンダー事件とその当事者
○事件の経緯
○原告、被告の星取表
○訂正された登録請求の範囲の構成要件
○名古屋地裁の判決
○まとめ - 均等論に関する補足
- 参考 知的財産紛争の勝機
○補足1 豊田佐吉翁(初代社長)と佐助翁(第二代目の社長)の特許明細の特徴
○補足2 豊田佐伯翁(初代社長)の初期(第4号)の特許図面
○補足3 豊田佐助翁(第二代社長)の第1号特許の図面
○補足4 豊田佐吉翁の晩年の特許図面
○補足5 豊田佐吉翁の豊田式織機㈱(現豊和工業㈱)時代の特許図面/font>
4. 青色LEDの特許紛争 (2014/12/26) PDF
- はじめに
- 青色LEDをめぐる中村教授と日亜化学との特許紛争
- 職務発明紛争の背景
- 日亜化成特許の考察
2014年12月10日に青色LEDを発明した日本人の3人の学者、赤崎勇名城大学教授(85歳)と、天野浩名古屋大学大学院教授(54歳)と、米国California大学Santa Barbara校の中村修二教授(60歳)にノーベル物理学賞が授与された。天野教授と中村教授には2014年11月3日に文化勲章を親授された。赤崎教授はすでに文化勲章を受章していた。
赤坂教授と天野教授が発明した青色LEDは豊田合成(株)により商品化された。中村教授は日亜化学工業(株)の元従業員で、中村教授等が発明した青色LEDは日亜化学工業(株)で商品化された。そして中村教授と日亜化学との間には「職務発明紛争」と「営業秘密漏洩紛争」が勃発し、さらに日亜化学と豊田合成との間、そして日亜化学と中村教授が関係した米国Cree社との間では激しい「特許権紛争」が勃発した。これらの事件は裁判所の勧告等により「和解」が成立した。中村教授はノーベル賞受賞を期に日亜化学との関係の改善を望まれた。
東京地裁の中間判決(2002年9月19日)において、中村教授の発明を解雇を覚悟の上で研究を継続して発明したものだから「職務発明」ではなく「自由発明」であると中村教授が主張したのに対して、社長の中止の業務命令があったとしても勤務時間中に会社の設備などを使ったのだから「職務発明」だと認定し、本判決(2004年1月17日)では、日亜化学に対し、「職務発明」の対価200億円を中村教授に支払えと命じた。その上告審である東京高裁(平16(ネ)962号・2177号、平17.1.11、知財部)において、両者は6億プラス延滞金で和解した。
下図は東京地裁の判決から筆者が作成した日亜化成の対価の試算図である。
紛争には、①中村教授が日亜化学に提起した「職務発明紛争」、②日亜化学が中村教授を提起した「営業秘密漏洩紛争」、③日亜化学が中村教授が関係した米国Cree 社などに提起したケース、それと④日亜化学の提訴に対して豊田合成が起こしたカウンター提訟の「特許権紛争」とがあった。
中村教授の職務発明事件の東京地裁法廷の供述書には、日亜化学に在職中に会社の意に反して窒化ガリウム(GaN)系青色LEDを研究して画期的な発明をし、日亜化学はそれを商品化したとある。日亜化学は中村教授の単独発明の特許第2628404号(「404特許」と略称)の他に、社員の向井孝志等数人との共同発明の日本特許第2751963号、米国特許(USP5767581)など多数の特許権(「共同発明特許」)と、中村教授以外を発明者とする多数の特許権を取得した。その後中村教授は同社を退職し、California大学Santa Barbara校の教授となると共に、日亜化学の競合会社である米国Cree社の子会社の嘱託研究員となった。そして中村教授と日亜化学と豊田合成との間で厳しい特許紛争が勃発した。
LEDについて、紛争④として、日亜化学と豊田合成との間で特許権訴訟合戦が行われた。そこで豊田合成は、日亜化学の日本特許第751,963号、米国特許USP5,306,662,USP5,578,839,USP5,747,832,USP5,767,581等と公知例を比較検討するために、図2のような青色LEDの模式図を法廷に提出し、論議したと伝えられている。法廷情報として伝え聞くところでは、日亜化学の特許の要部は図2の低温バッファ層(GaN)であり、公知例として「JJAP vol30」と「電子情報通信学会 技術研究報告vol.90」が挙げられた。しかし、その後、裁判官から日亜化学に対し和解の勧告があり、日亜化学と豊田合成の両者は無条件和解したと伝えられている。従って、その特許権の有効性の判示はない。
また紛争③では、日本特許第291813号「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」の侵害で住友商事と米国Cree社が告訴された。東京地裁は「本件特許発明はn型Ga系化合物層を有すること、前記層とp型Ga系化合物層の間に設けダブルヘテロ構造にある」と認定し、日亜化学の特許権侵害請求を棄却した(平11(ワ)28963号判決 2001年5月15日) 。日亜化学は控訴したが、後に和解した。
日亜化学の場合、特許権による事業独占の方針により、日本及び主要国に100件以上の特許出願を行い、特許網を確立すると同時に、競合排除のために特許権紛争投資を増大したものと推測される。米国Cree社との紛争は、中村教授のスピンアウトを招き、特許紛争を拡大させたとの説もある。
5. 職務発明の対価の力(2004/2/26> PDF
中村修二氏 V 日亜化学工業(日亜)の職務発明訴訟における東京地方裁判所の判決 (東京地裁平13(ワ)17772 号)は、「日亜は中村氏に200億円を支払え」と命ずるもので あった。 あまりにも非常識な判決であるので言及したいところであるが、その論評は識者に任 せるとして、本項では職務発明の対価対象部分の力について考察する。 昭和34年特許法の当初における企業当事者の職務発明の考え方は、従業員に対する発 明奨励とその褒賞であり、技術者に対する福利政策の一環と考えていた。職務発明に関 する最近の一連の判決では、特許法35条は強行規定であり、従業者等と使用者等の関係 は権利⇔義務の関係であるとしている。 職務発明について職務発明者が権利を主張し、使用者等がその義務を履行するために は、職務発明の対価対象部分に如何なる力が存在し、その力による請求権と、その力か ら算定されるリーズナブルな対価の額の算定方法を解明しなければならない。 本研究は特許発明に限定し、その難解な課題に挑戦を試みる
- はじめに
- 職務発明と当事者
- 職務発明の対価の計算方法
6. 職務発明の対価解離:青色LED訴訟 (2009/8/12) PDF
- はじめに
- 「発明者」及び「会社」の不純、不公正及び不衡平行為
- 職務発明に関する重要な判決と請求達成率及び主な争点
- 職務発明訴訟における達成率
- 請求達成率の低い要因の研究
- 「発明者」と「対価権」
- 日亜化学事件に関する考察
- オリンパス事件(オリンパス光学工業(株))の研究
- 豊田中研事件((株)豊田中央研究所)の研究
- 「職務発明訴訟」を提起する前に検討すべきこと
- 職務発明事件に関する判例の出典
- 職務発明訴訟における請求額と判決額の年別推移と貢献度
東京高等裁判所 平成16年(ネ)第962号、同第2177号の和解について
亜化学工業株式会社(以下、「当社」といいます。)と中村修二氏間の特許法第35条に基づく相当対価の請求に関する東京高裁での控訴審において、本日、添付別紙第1の「和解についての当裁判所の考え」(以下、「和解勧告文」といいます。)を双方が受諾し、添付別紙第2の「和解条項」の通り、中村氏が単独または共同発明者となっているすべての職務発明等(登録特許191件及び登録実用新案4件、特許庁に係属中の特許出願112件、これらに対応する外国特許及び外国特許出願にかかる発明、並びに特許出願されずノウハウのまま秘匿された発明を含むものです。)の相当対価を包括して解決する全面的和解が成立いたしました。即ち、上記すべての職務発明等について、当社は、中村氏に対し、金6億0857万円の相当対価と、これに対する平成9年4月18日より平成17年1月11日までの年5分の割合による遅延利息金2億3534万円を支払い、それ以外には両者間に一切債権も債務も存在しないことを確認する、という全面的和解です。
当社がこの和解勧告文を受諾した理由は、次の通りです。
- 本件訴訟の唯一の対象である特許発明(特許番号2628404号「窒素化合物半導体結晶膜の成長方法」。以下、「404特許」といいます。)の相当対価は、裁判所の和解勧告文中の算定方式を用いて最大限に見積もっても、添付別紙第3の「404特許の相当対価の説明」の通り、1000万円程度に過ぎないものであり、当社の主張が認められたと判断いたしました。
- 6億0857万円という金額は、中村氏のすべての職務発明等の相当対価としても過大なものであり、当社は、これに納得しているものではありません。また、遅延利息金の算定についても、起算日その他の点で裁判所の算式は当社の見解と異なるものであります。しかし、今後、中村氏との間で起こるであろう紛争が一気に解決され、それに要する役員・従業員の労力を当社の本来的業務に注ぐことができる点や、将来の訴訟費用を負担しなくて済む点を考慮いたしました。
- 和解勧告文において、当社が主張してきたように、企業側のみが負担するリスクの大きさが正しく評価され、また、従業員はリスクを共有する共同事業者とは異なることが明確に認識されました。
- 和解勧告文中の相当対価の算定方式の下記の点を、当社は評価いたしました。
- 404特許単独ではなく、様々な技術・特許(国内の登録特許及び登録実用新案だけでも合計195件)の全体を総合して事業への貢献度を認定することにしている点
- 青色LEDの製造・開発は、技術の進歩が著しい分野であることが明示された点
- 原判決が見落とした平成14年の包括的クロスライセンス契約締結の事実を、控訴審裁判所は明確に認定した上で、算定方式に反映させた点
- 会社の貢献度(使用者の貢献度)を95%と高く評価している点
職務発明をめぐる法廷紛争は「発明者」が特許法35条3項及び4項 により、職務発明の適正な「対価(たいか)」を同条上の法人等の使用者(「会社」と呼ぶ)に対して法的に請求する行為により発生する。
その訴訟の判決は、日亜化学事件を例外とし、ほとんどの事件は判決額は請求額より遥かに少ない。いわゆる「対価(たいか)乖離(かいり)」と呼ばれる結果になっており、それが同時に訴訟を起こした発明者に対して訴訟費用や社会的信用等の面で多大の不利益をもたらす原因にもなっている。
適正な「対価」は「発明者」と「会社」の双方の純粋(Clean hand)、公正(fair)、衡平(equality)なる行為により実現する。「対価乖離」は当事者に不純(Unclean)、不公正 (Unfair )又は不衡平(Inequality)等の行為があった場合に発生する。日本の発明社会には上位の者が下位の者に担がせて「発明者」に納まる例(「お神輿(みこし)発明者」と呼ぶ)があり、その「お神輿発明者」が提起した訴えで「対価乖離」が発生している例が少なくない。
なお、不公正 (Unfair )とは人格的に公正(fair)を欠くことを言い、不衡平(Inequality)とは法的に衡平(equality)に欠けることを言い、これらの行為が権利行使不能(Unenforceable)の要因となる。
最高裁判決後、「お神輿発明者」等は自己の「発明」を真正者と思い込み、高額な「対価」と高い名誉を夢見るようになったようである。しかし、その夢は「発明者」自身の不純、不公正、不衡平な行為により霧散し、「対価乖離」という悪夢に苛まれることが多いようである。
さらに、上述のとおり、和解勧告文において、裁判所が企業側のリスクを正当に評価する等、今後の相当対価訴訟に適切な指針を与えていることが、我が国の産業の発展に資するものと判断いたしました。
7. 手塚教授の「従業員発明法の現代的意義」 (2005/11/25) PDF
- 改正特許法35条4項と労基法2条業
- 特許法35条は「従業員(労働者)発明法」なのか
- 発明の価値と労働条件定
- 従業員等の業務の怠慢、拒否
- 発明の価値と対価
- 日亜化学事件における訴訟対象の職務発明特許権