第25講 (追補)工作機械と知的財産

細川 学

1. 工作機械産業における国際特許紛争の歴史 (2001/7) PDF

の工作機械産業の生産高は全体で1兆円前後という弱小産業である。この弱小産業が第二次大戦後の製造禁止品目から解除されたのは昭和24 年であり、欧米工作機械のコピーや技術提携時代を経てようやく産業競争力を付けたのはNixonショック(1971年)以降である。しかし、1980 年台に入るとココム統制、VRA(輸出自主規制協定、1986~1993年)、特許攻勢等々の外圧や政府の特別管理を強く受けた上に、周期的に大不況に見舞われた。こうした厳しい経営環境にさらされながらも、日本の工作機械業界は生産高で1982 年以降連続19年間世界一という記録を達成した。さらに米国大統領府のレポートは、2020 年まで日本の工作機械産業が世界一を維持する可能性を予測している。まことに不思議な業界である。以下その秘密に迫ってみる。(「VISIONARY MANUFACTURING CHALLENGES FOR 2020,1999年3月」) 

  1. 日本の工作機械産業の概要
  2. 工作機械産業の特徴
    1. 特徴その1:急激な円高が進行する中での粘り腰
    2. 特徴その2:大幅な合理化による生産性向上 それを支えた輸出競争力
    3. 特徴その3:単価の大幅上昇
    4. 特徴その4:日工会歴代会長の表
  3. 機械産業における国際特許紛争の歴史
    1. 戦後復興と工作機械
    2. 岩戸景気から、いざなぎ景気時代の特許紛争
    3. フォレスター特許をめぐる特許紛争
    4. マシニングセンターに関する特許紛争、業界結束の勝利
    5. モーリンス社とのFMS特許をめぐる特許紛争、国際連携の勝利
    6. ハーコ社とのCNCをめぐるに関する特許紛争、切り崩された防御線
    7. レメルソン特許に関する紛争、米国特許制度の矛盾が露呈
    8. その他の主な特許紛争
    9. まとめ

2. 工作機械産業の利益体質について (2005/8/20) PDF

  1. はじめに
  2. 日本の工作機械の国際競争力
  3. 日本の工作機械の生産と輸出
  4. 日本の工作機械産業の合理化努力
  5. 日本の工作機械産業の利益体質
  6. まとめ
  7. (追補)

1)日本の工作機械の国際競争力は健在であり、今後も維持するであろう。2)重要な特許問題や深刻な貿易摩擦も解決し、経営に重大な影響をもたらす政治的な貿易摩擦や知的財産紛争は当分出現しないであろう。3)日本の生産高の$ベースと円ベースとでの動きの乖離は為替レートの影響である。


3. 日本の工作機械の競争力
           ---- 報告書「工作機械に関する日米貿易摩擦」を検証する (2005/7/23) ----  PDF

「本調査では、特に、1970年代後半から80年代にかけて国際問題化した工作機械に関する日米貿易摩擦に焦点をあて、当該政策について調査研究を行った。調査研究にあたっては、東京大学大学院経済研究科 武田晴人教授、法政大学経営学部 松島茂教授、東京都立大学経済学部 日高千景教授、法政大学経営学部 金容度助教授による研究チームを編成し、資料の収集、整理、調査を実施した。その後、資料の研究、分析を進めるとともに、元通商産業省機械情報産業局産業機械課長 中田哲雄氏、元社団法人日本工作機械工業会国際部長 村上征浩氏にインタビューを行い、これらの作業を経て報告書を取りまとめた。」

「NC工作機械の台頭は、新興企業の市場地位を高める上でも、決定的な機会を提供した。」「1970年代後半と80年代前半の10年間、上位企業の間に成長性の格差が顕著であったことがわかる。売り上げだの伸び率が著しく高い企業は、山崎鉄工、森精機など新興企業であり、売上高が相対的に低いのは、池貝鉄工、日立精機、東芝機械、豊田工機などの老舗企業である。その際、順位を挙げている山崎鉄工、森精機などがNC工作機械の最上位企業でもあったことから、この時期、NC工作機械の台頭が日本の工作機械産業における競争的にな特徴を一層促進したことは推論に難くない。
 そして、企業成長の勝敗を分けた重要な土俵は、アメリカ向けの輸出市場であった。ブランドによる偏見が少ない米市場の方が後発メーカーにとって適していたからである。輸出拡大の道の先頭を走ったのは、山崎鉄工、森精機など新興大手であった。これらの新興大手はNC旋盤やマシニングセンターに集中し、輸出拡大をマーケッティング戦略の柱に据えた。だが、NC工作機械の輸出を積極的に増やし、成長を成し遂げた工作機械メーカーは、こうした大手企業に限らない。例えば、1974年にNC旋盤市場に新規参入した中村留精密工業が好例である。同社の場合、最初に開発した高性能機のNC1号機が高価格のため国内で売れなかったが、高性能を評価した米での販売が先行した。これが契機となってNC機の販路として当初より欧米輸出市場を開拓することによって、石川県の1中堅企業であった同社は、1981年9月決算期には、売上高が113億円まで成長することができた。福井県の松浦機械製作所ももう一つの成功例であろう。同社は、1974年に縦型マシニングの小型機を開発して以来に、アメリカでマニュアルマシニングセンタの更新需要や未開拓の中小企業需要の掘り起こしに成功し、急成長を果たした。
 反面、老舗の工作機械メーカーは、輸出に消極的か、非NC機の輸出に偏っており、これが相対的に企業成長を遅らせる要因になった。例えば、豊田工機は、トヨタ自動車向けを中心とする国内市場のウェイトが高く、輸出への積極性に欠けていた。東芝機械は輸出に消極的ではなかったものの、在来の非NC大型機の対東欧向け輸出に偏っていた。戦前からの名門メーカーの日立精機や池貝鉄工の場合も、NCイノベーションが両社のもてる技術資源から一気に比較優位を振り落としてしまった。特に、日立精機は、非NC機でありながらも高度な自動化機能を持つタレット旋盤を長らく主力機種としていたことがNC化への転換に遅れをとった大きな原因となった。間の順位変動が激しかったのである。


「工作機械に関する日米貿易摩擦」(経済産業省 平成17年3月)の読後感想

  1. 機械のVRAは、経済産業省の産業統制の成功物語であるが、日・米の工作機械産業におけるVRAの評価や日本が結果オーライ的となった理由など物足りない。
  2. ブランドの価値をNC装置とするのは、分かり易いが、検証不足である。
  3. レポートの執筆者には幾つかの思い込みがあるように感じる。
    • 例1 日本の強さをNC装置(ファナック)とし、加工技術を看過している。
    • 例2 老舗⇒衰退、新興勢力⇒隆盛としている。企業連結の考察に欠ける。
    • 例3 加工技術の力について、学・官は次の様に認識しているようである。
              工作機械ユーザ ≻ 工作機械メーカ、 ドイツ ≻ 米国 ≻ 日本

まとめ ①VRA は米国工作機械産業の復活にはならなかった。 ②この間、日本の工作機械業界は国内ユーザに重点を置き、国内製造業の発展に貢献した。 ③米国のプロパテント政策は工作機械産業の復活には効果がなかった。


4. インクカートリッジ(IC)事件と工作機械  (2006/7/12) PDF

   特許権はそれを化体したものの販売をもって「消尽」する(通説)。本件は消費者が使い捨てたICをリサイクル業者が回収再使用したもの(リサイクルIC)の特許権の「消尽」について争われた事例で、東京地裁は消費者の手を経たリサイクルICの特許権は「消尽」していると判示した。知財高裁は、リサイクルICについては特許権の「消尽」はないと判示した。又公取はリサイクルを防止するタグの装着を独占禁止法19条(不公正取引)に抵触するとして調査を開始した。工作機械にはリサイクル品はないが、互換品はありうるので、その影響を検討する。

本件原告・控訴人キャノン㈱等のプリンタ業界は、ICを「純正品にしたい」とするビジネスモデルを持っている。一審東京地裁は消費者がICを購入した時点で特許権は「消尽した」と認定し、インクを再充填して約半額で販売するリサイクルICに対する権利行使を否認した。二審知財高裁は、RS-ICは特許権者が新たな需要の機会を喪失するとし、リサイクルICには特許権は「消尽しない」と判示し、リサイクルIC業者に対し製造販売等の差止を命じた。
   工作機械は産業の母ともいわれる高価、長寿命、大重量の資産財であり、輸出令で管理される戦略物資でもある。工作機械産業の周辺には中古機市場、分解修理業、機能・性能等を高度化するアップグレード業、工具、軸受、装置等の互換品を供給するアフターマーケット業等が存在する「柔軟なビジネスモデル」を持っている。
 この「柔軟なビジネスモデル」はユーザの要望、輸出令、特許戦略等と密接な関係があり、ユーザの生産活動を制限するような「自己完結的ビジネスモデル」は無理である。当業界は特許出願が少なく、業界内での深刻な特許紛争も少なく、特許権で競合商品の排除を図る闘争的特許戦略は近頃あまり聞かない。また工作機械にはリサイクル品はあり得なく、純正品に代わる互換品又は代用品ついて特許権の「消尽」が検討課題となる。​


5.「VRA](自主規制協定)まであった産業戦略 (2013/12/15) PDF

約30年も前の話である。その当時は米国が工作機械生産でもトップだった。そして、その後、20年以上、日本が米国に代わって世界トップの地位につい  た。しかし、今度は日本は中国に抜かれた。………… こうした工作機械生産の主役交代の歴史の中で、トップを独走していた米国の後を、日本とドイツが猛烈な勢いで追い掛け、それが米国で大きな問題になった時代の話である。

米国政府と米国工作機械業界は、日本とドイツの工作機械産業に追撃される事態に陥った。考えてみれば、両国とも第二次世界大戦の敗戦国である。その2ヶ国に、このままでは、航空機や兵器などの製造の「要(かなめ)」の“はず”の工作機械分野で主導権を奪われかねないということで、挽回策として、米国は次の3戦略を実施した。

1.特許権戦略 2.安全保障輸出管理戦略 3.「VRA」戦略

まず米国が保有する特許およびその使用許諾が再検討され、工作機械分野で米国を脅かしている日本やドイツの工作機械メーカーの行動の規制が追求された。特許権の効力が及ぶ範囲については、特許権利者と消費者を含む利害関係者の利益の調和を図るため、一定の要件で、その拡張を認める「均等論」(doctrine of equivalents)という法理論がある。そして、それには特許請求の範囲「クレーム」を広く解釈するプロパテント(pro-patent)と、「クレーム」を「文言解釈」して狭く解釈するアンチパテント(anti-patent)というものがある。知的財産の保護と独占を重視するのがプロパテントで、その反対に独占行為を規制し、自由な競争と技術の普及を図り、産業の発展を重視するのがアンチパテントであるという言い方もできる。
 米国レーガン政権(1981〜1989)ではプロパテント政策が採られた。1982年、特許侵害事件に関する解釈を統一し、法的安定性を図るため連邦巡回控訴裁判所が設立され、そこでの議論・判決を通じ、アンチパテントからプロパテントに変わった。
1983年、産業競争力低下の問題については、当時ヒューレット・パッカード社の社長、J.Aヤングを委員長とする大統領産業競争力委員会が設立され、ここから1985年に「世界的競争−新しい現実」、いわゆる「ヤングレポート」が発表された。そして、ここで知的財産権の保護の重要性が強く指摘され、国内法改正などが勧告・提言された。
 続いて、当時、日本やドイツの工作機械の輸出先として、かなりの比重を占めるようになっていたソ連など共産圏諸国向け輸出について、 COCOM(Coordination Committee for Export Control)−− 対共産圏輸出統制委員会の規制の見直しが行われた。
 そして自主規制協定−− VRA(Voluntary Regulation Agreement)である。いろいろなレベルで見られるが、国家間で言うと、一方が「片務的」に実施する「合意」であり、協定でも条約でもない、特定国家間の暗黙の合意−−いわば談合である。私的な「談合」により他人に不利益をもたらす行為は「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(「独占禁止法」)により禁止されている。しかし、酒、タバコ等の政府の許認可にかかわる取引や政府の行政指導には「独占禁止法」の適用はない。VRAは国家間の片務的な合意であり、「私的」には該当せず、「独占禁止法」の適用はない。日本が米国産業政策に協力する「合意」のVRAは、繊維、鉄鋼、自動車等でも実績がある。


6. 好不況の輪廻は断てるか、工作機械産業 (2005/10/25) PDF

今年2005年には、翁が研削盤の組立専用のコンベアラインを発明してから45年、逝去(1990年12月)されてから15年が経つ。翁は生前「工作機械は手離れが大事だよ」という言葉を使った記録はないが、工作機械は一品生産の手作りの機械であるとの認識の基に、前述の(1)日本工作機械工業会加盟会社のグループ化と生産機種の再編成、(2))基準面作りを標準化し、安定的に製造する組立専用コンベアライン作りを推進した。そうすることによって、技術・技能の移転、生産ロット増大、標準化により一発合格する品質の実現し、工作機械を手離れの良い製品として不況時でも儲かる体質に工作機械産業をしなければならないということを、翁は具体的に教えた。 さらに翁が凄かったのは、工作機械産業の好不況は「輪廻」のようなもので、不況時の大苦境は「業」であり、それを受け入れた上で、その脱却手段として(3)不況対策としての経営の多角化を提唱し、具体的に推進したことである。多角化経営は、言うのは簡単であるが、経営として成功する例は少ない。豊田工機が経営の多角化に成功したのは、翁の慧眼に加えて、翁がトヨタグループを説得し、その支援も取り付けたことが大きかったと思う。

私が学生実習生として始めて豊田工機㈱の門をくぐってから今年(2005年)で約半世紀になるが、翁に初めてお会いしたときの霊感は今も忘れない。時代が変り、翁の教えも忘却の彼方になったが、工作機械産業は設備投資市場に翻弄され、好不況は「輪廻」となり、環境変化は「業」のごときであることに変りない。 「輪廻」や「業」との決別には、「生産の手離れ」と「経営の多角化」が有効であることに教えた翁の慧眼に改めて感動し、ご冥福を祈る次第である。

[本研究の総まとめ]
本研究は三部構成となっていて、各部門のまとめは以下の通りである。
第一部:工作機械は手離れが大切である。
第二部:不況でも儲かるためには「生産台数生産性」の向上が最もよく効く。
第三部:経常利益率の改善は輸出機の輸出単価である。
総まとめ
世界の工作機械の市場は総台数も機械単価も頭打ちになった。厳しくなった経営環境の中で好不況の「輪廻(繰返し)」を断ち切り、不況時に経常利益率が悪化する「業(道理の結果)」からの脱却は、「生産台数生産性」を高め、「輸出条件、特に輸出単価」を改善することであることが分かった。


  • 第一部 故富田環翁の教えについての研究
    1. 故富田環翁のこと
    2. 翁の卓越したアイデア
    3. レポートの執筆者には幾つかの思い込みがあるように感じる。
  • 第二部 経常利益率に過敏な要件についての研究
    1. 工作機械産業の実態
    2. 工作機械産業の生産性と経常利益率の関係
  • 第三部 輸出と経常利益率の関係についての研究
    1. 工作機械産業における輸出の実態
    2. 工作機械の生産高等の諸データの伸び率