時空の漂白 16 PDF (2005年7月12日)
広島便り5:小屋のデザイン 高橋 滋
陶器でも良い、革細工でも良い。何かを作ろうとするとき、道具や設備と、材料のどちらが製作を支配するかというと、私は材料だと思う。
材料は、作り方(加工方法)や構造(設計)を決める。頭の中にある構想を形にするときには、まず「どういう材料が手に入るか」「サンプルでも手にして、ためし(試作)ができないか」といった情報を集める。そして材料が定まると、その先が見えてくる。材料が定まらないと設計そのものが固まらない。ちなみに一品の家具製作では、材料を選び、木取りが済むと、八割方の仕事が終わったと言われる。
今回の小屋製作でも、「どんな材木がいくらぐらいで手に入るのか」という材木の情報収集(お店めぐり)に、初期の段階から取り組み、かなりのエネルギーを使った。
そこで初めて、街中から「材木屋」が消えている、信じられないことだが、広島版タウンページの索引には、「材木屋」も「材木販売」も「銘木」も載っていないという事実に気が付いた。
建築現場で材木に鑿を打つ大工の姿が消えるのと前後して、材木は素材としてではなく、より加工度を高め、もっぱら事業所間で取引される商品に変わったらしい。経済関係出版社発行の事業所総覧を見たら、規模の大きい材木会社では、集成材の製造やプレカット工程材木は、街中では、もう、いわゆる「ホームセンター」などでしか扱われない状況になっていた。しかし、その「ホームセンター」の品揃えも限られ、一部の商品しか手に入らない。通信販売(インターネット販売)を見たら、確かに「ホームセンター」よりは品揃えは豊富だったが、現物を見ないで、購入を決定し、それなりの数量の発注を行うということは、やっぱり不安で出来なかった。
結局、街の工務店も利用するような「建材メガセンター」(広島市には一軒しかない)で材料を探し、「それでできる範囲で製作する」しかないと思うに至った。
かなり遠いところにあるその店を訪ねて品揃えを確かめ、家で検討し、また訪問して、判明した不足する材料を入手できるかなどを確かめるという過程を何度か繰り返し、使用する材料を含めて最終設計を固めた。
去る4月17日(日曜日)に、第1回目の材料を購入した。
「セルフビルド」は、どうしても工期がかかるので、材料の置き場所が問題となる。
生の材木の比重は、水分を多く含み、0.8から0.9もあってずっしりと重たい。それを荒く割って、大気中に放置しておくと、収縮・変形しながら、徐々に大気と平衡する含水率になる。その後に製材すれば安定した品質の材木となるという。
しかし、水分は表面からしか抜けず、天然乾燥では、生の材木を標準的含水率、15%にまで下げるのには数年かかるといわれている。
伝統の「軸組み工法」では、十分に乾かない材料を用いても、乾燥するにつれて接合部がより締まってゆくように工夫されている。
それに対して「枠組壁工法」のツーバイフォーの枠組みの主材料であるSPFは、欧米標準の12%まで、すでに人工乾燥された、まるでスポンジのようなものであり、濡れたままで放置され、乾燥すると、いっぺんに変形してしまうというものである。
小さな小屋だが、基礎となる柱材が7本、ツーバイフォーが各種84本、それに貼り付ける構造合板が30枚、屋根下地が11束(110枚)などかなりの量となり、とりあえず1ヶ月間に使用する量を目安に購入にした。しかし、それでも、材料を置くための台(「ウマ」)を作り、雨を避ける簡単な小屋を建てるなど、その受け入れ準備のために2日間もかかってしまった。
土台と継手
作業は土台造りから始まる。湿度が高い場所なので、基礎パッキンと呼ばれる20ミリ厚の硬い樹脂の敷物を敷いて、その上に在来工法で組む。
どの教科書を見ても「土台の穴あけはすんなりといかない」と記してある。アンカーボルトが傾いていると、スムーズに入らない。ボルトがずれると座金も入らない(ツーバイフォーの場合、座金は、土台の上には出せない)。つないだ部分がぴちっと決まるようにしないと、長さが狂う。しかも直角を出すための修正の余地(ゆとり)も持たせなければならない。
防腐剤が入って湿った105mm角4mの材料は30Kg以上もする。結構、重く下手に持つとよろける。加工の手順をよほどうまく考えなければならない。
それでアンカーボルトの垂直度や高さには特に注意を払い、座金を収める穴あけも幾通りかの工法を検討し、準備した。(専用工具もあるが、このために購入する余裕はない)
この準備のお陰で、結果的には、思っていたよりも早く、この工程を完了することができた。事前にシミュレーションを入念に行ったため、寸法も角度も、きちっと決まってできた。
「100万円の家作り」では、そのうち「腰掛目違い鎌継ぎ」が推奨されており、ゆとりがあれば挑戦するつもりだったが、結果的にはもっとも安易な継手を採用した。上左写真の「腰掛け枘継ぎ」という名前の継手である。右図の「腰掛け鎌継ぎ」と比べて見れば分かる通り、はるかに加工が楽である。
屋根と小屋組
枠組み(フレーミング)作業の山場は、4月末から5月初めの休暇が続く時期にくるように設定した(そのため雪の降る中で作業を開始した)。「棟上げ」に相当する「壁の立ち上げ」には、手助けがあった方が安全で楽だろうと考えた。幸い、4月29日から始まった10連休のうち8日間が晴れとなり、作業は順調に進んだ。
ところで最後まで悩み、その工作精度などに不安を覚えていたのは、屋根と「小屋」―――「小屋組」であった。
屋根と天井との間にあたる部分を「小屋」と言い、屋根の形を維持し、その荷重を支える骨組構造のことを「小屋組」と言う。
在来工法の小屋組は、通常、水平の梁(小屋梁)の上に垂直に短い柱の束を立て、その上に母屋(母屋桁)と頂上には棟木を並べ、これらで荷重を支え、その上に屋根面の勾配に沿って、屋根の下地を受ける垂木を細かく張ると構造になっている。
これに対してツーバイフォー工法の小屋組では、強度のある垂木を棟木で合掌させて、発生する応力の大部分―――横方向の応力―――は天井の板、根太で対応する「垂木方式」が基本になっている。
しかし、片流れ屋根の場合は、垂木の長さが4メートル程度までなら良いが、それ以上の長さになると、垂木だけで荷重をもたせることが難しくなる。今回、造る片流れ屋根の長さは約五メートルである。そのため「垂木方式」ではなく、在来工法に形が似ている、壁面から何本かの梁(母屋)を出し、それに垂木を載せる梁方式」を採用することにした。
余談だが、それぞれの分野で使われる専門用語はなかなか面倒である。建築の分野も同じである。門外漢の人でも、表記された文字から何となく分かったような気分になることがあるかもしれないが、結構、それがいい加減なことが多い。先に出てきた「小屋」、「小屋組」、「梁」、「束」、「母屋」、「垂木」、「棟木」といった言葉にしても、正確に説明できる人は少ないと思う。
屋根の全体の構成の小屋組の上面を除く、壁の部分に関する用語もそうだ。
この建物長手方向の端、棟木と直角の側面、小屋組みの三角形の部分のことは「妻」と言う。しかも、この語源が興味深い。妻問婚(夫婦が同居せず、夫が妻の家を訪れる婚姻形態)の時代、女の家の端に妻屋を建てて、夫がそこに通ったことからきたことから「端」が「妻」と同義になったらしい。
そして、この「妻」の部分の壁を「妻壁」と言う(それ以外にも「仕切壁」、「小屋壁」などの用語も使われているが、調べた限り、その定義はあまり定かではない)。この妻壁が、片流れ屋根の場合には、どうしても大きくなってしまう。そのため、一階部分の壁と一体にする構成も可能だが、建設の手順やロフト(屋根裏部屋)の支持なども考えて、四角い壁と三角の妻壁とに分割することとした。
妻壁の角度を持つ部材は、CADで寸法を求め、それに基づいて墨付けを行い、丸鋸盤で切断した。後は、その部材を組み立てるだけなのだが、数が多く、しかも片側には窓もある構造のため、出来上がるまでは、寸法が間違っていないか、きちんとした形状で組み上がるのか心配だった。
しかし、組み上げてみると、写真のように、きちんと出来た。寸法誤差は1ミリ以内におさまり、直線も角度も正しく出た。「一つ一つ正確に墨付けを行い、加工して組み上げれば、大きなものでもちゃんとできるのだ」と、この時、実感した。
本来ならば、応力を支える構造材の壁板をすべて枠に貼り付けてから立ち上げるのだが、そうなると重くて「持ち上がらないのでは」という不安があった。それで、手間はかかるが、壁板の貼り付けは一部分にとどめ、とりあえず立ち上げ、それから残りの壁を貼ることとした。
そのため、材料を切断し、それらを組み上げ、写真の一応の形を立ち上げるまでに要した日数は7日間という超スピードで
螻羽と螻羽垂木
ところで屋根の構造については、さらにまた聞き慣れない「螻羽」という用語がある。「螻羽」とは屋根の妻側の端部のことで、妻壁から突き出た部分は「螻羽の出」、そこで用いられる垂木は「螻羽垂木」と呼ばれている。
垂木の長手方向には、垂木を伸ばして軒を造ることができるが、横方向に「螻羽の出」を造るためには、垂木と直角方向に走る別の部材、「螻羽垂木」が必要となる。
そのため一般的には、概略、前掲の図「ツーバイフォー工法での小屋組:垂木方式と螻羽垂木」のような構造が採用される。螻羽垂木は、この図からも分かる通り、耐力壁の上で垂木と交差する形となるため、垂木を短く切って「ころび止め」と呼ばれる部材を造り、それで螻羽垂木を通すスペースを確保する工作をしなければならない。
しかも「螻羽の出」の工作は、片流れ屋根としたためツーバイフォー工法では一般的な「垂木方式」ではなく「梁方式」の小屋組―――屋根部分の構造―――としたため、さらに面倒なものになった。
この垂木を支えるための三本の梁は、強度などを考えて140ミリの幅の広い材料を使うことにした。しかし、幅が広いため、その上に単純に垂木を載せると、段差が出来てしまう。そのため、垂木と梁は、ツーバイフォー工法ではルール破りだが、
切り込み入れて障子の桟のよう組み合わせる「組子」の構造にした。面倒だが、それによって強度と高さのバランスを取った。そして壁の外に突き出す梁の部分は、写真の通り、ヒアシンスハウスと同じように、螻羽垂木と形状が同じになるように細工をした。
なお、屋根の四隅の部分は十字型の「組子」で螻羽垂木と垂木の両方を構成する構造にした。これも標準のツーバイフォー工法ではないが、強度が出そうな感じがしたので手間をかけて工作した。
なかでも片流れ屋根の上端の十字型の「組子」部分は誤差が累積してきたため苦労した。現場あわせで寸法を決めて製作した。今回、自分で造ってみて初めて分かったことだが、ツーバイフォー用に市販されている材料にはかなりの寸法誤差があった。呼びの厚み(製作寸法厚み)は38ミリとなっているが、実際には40ミリ近いものもがあった。設計した寸法で切断した「ころび止め」の間に、これだけのバラツキのある板を組み込み、それを六段七段と重ねたら、最終的には10ミリ程度もずれてしまった。それを現物あわせで何とか形にして造り込んだ。
さらに「破風板」と「鼻隠し」を悪戦苦闘して加工して取り付け、手助けもあって、予想していた倍近い速度で、土台完成後、正味10日間で、何とか意図する形状を完成させることができた。この5月15日のことであった。
なお、写真は南側から撮影したもので、建物の右側の梁で数えると3区間(1区間は455ミリ)にはロフト(屋根裏部屋)が設けられることとなっている。
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ここでちょっと一段落した後、一人で工事を再開したが、急にスピードが落ち、迫ってくる梅雨との時間の競争になってしまった。
屋根材の貼り付け工事は、高さもあり、材料を運ぶためにハシゴを上がったり下がったりの仕事の連続で、エネルギーを要した。基礎工事と同じように屋根工事はセルフビルドではきついということを思い知らされた。天候が不順になってきた中では、なおさらのことだった。
工事途中の屋根に7m×5mの防水ブルーシートをかけ、ロープで固定するだけで大汗をかいた。作業を見にきた地元の大工さんが「シートをかけるだけでも大変だろう」と言ったが、まったくその通りであった。