時空の漂白 18  PDF (2005年9月12日)

広島便り7:本体の完成         高橋 滋   

工事の種類を調べていて、「建築業法」という法律があることを知った。許可や資格のいる世界だから法律があっても不思議ではないが、法律で建設工事が28種類に定められていたのには、「へー」である。「建築一式工事」などを含め、通常の仕事は網羅され、「熱絶縁工事」などのような特殊なものも含まれている。

この分類に従うと、私の小屋作りの現状は、「土木一式工事」と、だいたいの「大工だいく工事」と「屋根工事」が終わった段階で、まだ「板金工事」、「内装仕上工事」、「建具工事」などいろいろ残っていることになる。改めて前途は多難だという気分に襲われる。

―――――――――

大工だいく工事」の開始は4月22日で、5月17日には本体の枠組の基本が出来上がった。土日を一コマとして作業計画を立てているが、四コマで完了させたことになる。五月初めの連休も含まれているが、それにしても、ここまでは早かった。

それから「屋根工事」に入った。ところが、やってみると、大変だった。屋根を貼り、構造材の不足部分も充填し、写真の形にするまでに5コマも掛かった。思っていたよりも時間も使ってしまった。

実を言うと、「大工だいく工事」―――それも枠組までの工程は、「難事業である」と想定していて、頭の中で、その手順を何度も練り直していた。しかし、そこから先の工程は、「どうやって作業をするか」の考えがまとまっていなかった。まとまっていないままで作業に入ってしまったもので、試行錯誤になってしまった。そのため、結局、時間を浪費することになってしまった。

「屋根工事」

作業手順はまとまってはいなかったが、もちろん構造や材料については決めていた。構造用合板を貼り込み、その上にルーフィングと呼ばれる防水材を敷き、屋根材を乗せる。しかし、天井の内張は行わないという方針は決めていた。

この方針で構造用合板を探していたら「化粧野地板けしょうのじいた」というスギ材があることを知った。「野地板のじいた」とは「屋根をふく下地となる垂木たるき上に貼る板」のことで、普通は仕上げや加工はしていない。しかし、「化粧野地板けしょうのじいた」は、一面にプレーナー処理(カンナがけ)がされており、板を重ねる加工(さね)が施されている。

内側にきれいな面が出るように、これを直接垂木たるきに打ちつけ、その上にルーフィングを敷く構造とした。室内からの見栄えも悪くはない。

屋根の勾配こうばいは0.28である。つまり水平距離10に対して、その高さが2.8になるというものである。中途半端な数字になったのは、ロフト(屋根裏部屋)の高さは1400ミリ以下、という法規制による。私の小屋は水平距離が5メートルで、そこで「片流かたながれ」(片方にだけ傾斜している屋根)の屋根で、ロフトの高さの限界を確保しようとしたために、こういう中途半端な数字になってしまったのである

この勾配こうばい(角度)を確保する部材の加工は、伝統的には「指矩さしがね(差し金)」を使って「墨掛すみがけ」し、それに従って行う。一辺が一尺五寸いっしゃくごすん(45センチ)の直角の曲尺かねじゃくを使うと、それが簡単に出来る。

「化粧野路板」の打ち付け

しかし、その加工は、簡単ではなかった。「切断機」(写真)というものを使ったのだが、角度設定が整数でしか出来ない。そのため実際の加工は、先ほどの勾配0.28に最も近い16度で行うことになった。

しかも、当初、ぼんやりと考えていた「垂木たるきの上に乗って野地板のじいたを打ち付ける」作業は、現実にはとても不可能だった。傾いた幅40ミリの平均台の上でバランスを採りながら作業するようなもので無理だった。

結局、一番高い部分はまずロフトに床を貼り、そこに脚立を置き、それに乗って、垂木たるきの間から体を乗り出し、「野路板のじいた」を垂木たるきに打ち付けるという形で作業を行うことした。

脚立を左右に動かし、さねの重なり具合や板の平行度を確認して打ち付ける。それを脚立ののぼりを何度も繰り返す。屋根の長さは6メートルあり、計算では板を44段(132枚)取り付ける必要がある。ちょうど児童公園のジャングルジムの中で仕事をしているようなもので、かなりの労働だった。

板を打ち付ける前に、まず材料を所定の長さに切りそろえて運び上げるという準備作業があるが、やってみると、これも大変だった。板の長さは場所によって少しずつ違い、単純に切り揃えることが出来ないからだ。1回、家人に手伝ってもらったが、この時は能率が倍増した。「屋根工事」はチーム作業が基本のようである。

ともかく、この作業は難航し、なかなか目標枚数の板を打ち付けることが出来なかった。慣れて単純作業のようになったら、注意不足から平行度や表裏の間違いなどのミスを犯しそうになる。さらに末端の板の幅が狭いと強度が不足するため、板幅を少しずつ調整しながら最後の末端の板の打ち付けを行わなければならないという問題にもぶつかった。

「天窓」に挑戦

思い付きで「天窓」を設けようと決めたことも「屋根工事」をさらに難しいものにした。

本体の枠組みを立てていた時、ロフトの部分からの景色が下とはずいぶん異なることに気がついた。建築家の吉村順三は建設予定地でのロケーションや高さを、高い台に上り、その景観から決定したというが、何故、そうしたかが分かった。空が広く、遠くを見晴るかせて気分がすこぶる良い。「これがツリーハウスの魅力か」と改めて思った。

そんな話をしたところ子供が「天窓を作ったら」という。その時は無理だといなしたが、しばらくしたら「折角の機会だから挑戦してみよう」と気持ちが生まれてきた。

素人は「天窓」を希望したがるが、プロは勧めないという。最近は工法が進んだのか、屋根裏の有効活用のためなのか、「天窓」を設ける例は少なくない。それでも、防水対策の問題だけではなく、結露の原因になるということもあって、家を痛める元凶だと現在でも言われている。

しかし、怖いもの知らずの素人である。ついに「天窓」に挑戦することに決めてしまった。「野路板のじいた」に「天窓」のために開けたハッチのような部分に枠を作り、「野路板のじいた」との隙間をコーキングでふさいだ。

さらにアルミニウムの薄板で枠のカバーを作った。それが「野路板のじいた」の上に貼る「ルーフィング」の、さらにその上に貼る「屋根材」の上に重なり、それを伝わって水が流れるような構造に加工した。

これは、まさに「板金工事」である。やっていたら、突然、中学の頃、苦労して板金で「塵取ちりとり」や筒状の「火おこし」を作ったことを思い出した。

屋根材」―――「アスファルト・シングル」の貼り付け

「屋根材」についても、建築基準法で規制がある。何を使っても良いという訳にはいかない。いわゆる「法二十二条区域」と呼ばれる地域指定があって、住宅が建っているほとんどの地域では、屋根は防火性能を持つ「屋根材」でかなければならないと規制されている。

そこで「屋根材」には、その基準に合致する「アスファルト・シングル」を使うことにした。これは、軟質の構造材(繊維基材)の両面にアスファルトを含浸させ、表面に色砂を圧着したもので、スレート屋根のような硬さはないが、カッターで切れるなど取り扱いが容易だからだ。

もっとも、これも国土交通省(旧建設省)の耐火性を含む認定を得ている製品でなければならない。ホームセンターでは様々な製品が販売されているが、この点のチェックは怠ってはならない。とくに輸入品には認定を取っていないものもあるらしく、その選定には注意を払った。

そして一枚の横幅が915ミリという中途半端な寸法の製品を使うことに決めた。日本製にもかかわらず、ヤード・ポンド法に準拠しているような製品である。ヤード・ポンド法だと36インチで、一般的なもののように思う。多分、もっぱら輸出されているものものためなのではないかと思う。

「アメリカでは80%がアスファルト・シングル」という記述もあったぐらい「屋根材」では「アスファルト・シングル」はメジャーな材料のようで、日本とは事情がまったく違う。そのためだろう。「アスファルト・シングル」を使うことは決めたものの、寸法がヤード・ポンド法に準拠しているというだけではなく、その貼り方をうまく説明した日本語の本もなかった。

例えば「北米型木造枠組構法」(ギャスパー・ルイス著、理工学社)という4分冊構成のアメリカの大工向けの詳細な教科書も見付けたのが、それでも問題は解決出来なかった。

それには「アスファルト・シングル」の貼り方の項もあるのだが、何度読んでも要領を得ない。翻訳の問題や市場で入手可能な材料の差異もあるのだろうが、ともかく次ぎに一部を紹介する通り、何とも分かりにくい。

三.アスファルト・シングルの裏打ち(スターター)の列

「工場で塗装された接着材を利用して接着しながら」とは、どういうことなのか? 「木製シングル」とは、どういうものなのか?

すべて、こんな調子である。屋根面の周辺には「水切り」という金物(「役物」の一つ)を付けなければならないが、その取り付け方(「ルーフィング」との上下関係)の記述もハッキリしない。別に手に入れた本に書かれていることと違っている。

結局、いろいろな本にあたって調べたのが、ハッキリせず、自分が実際にやってみて、初めて分かったというのが実情である。

振り返ると、それは自分自身に基礎知識が欠けていたことによるところも大きいと思う。例えば、恥ずかしながら「屋根材」は単純に貼れば良いと思い込んでいた。

実際には、「重ね代かさねしろ」(重ね合わせるために必要な部分)が半分以上も必要であることなどを知った。また端部には「スターター」という特別な部品が必要なことも初めて知った。その詳細は省略するが、前述のテキストではこれを「裏打ち」という言葉で一括ひとくくりにしていたが、それだけでは、私のように、初めて「セルフビルド」に挑戦する人は間違いなく勘違いはするし、戸惑うと思った。

もう一例をあげると、要所は「セメント」で念入りに接着する必要があると参照した別の本には書かれていたが、これも誤解を招く説明だった。「セメント」と言われると、私は直ちに石灰石を原料とするコンクリートを思い浮かべてしまったが、そうではなく「接着剤」のことだった。

確かに、英文中で「セメント」(cement)という言葉が出てくれば、広く「接着剤」を指している言葉であると注意するのだが、日本語のしかも建築関連の本で「セメント」という言葉が出てくると、コンクリートを連想してしまう。しかし、「屋根材」の貼り付けに関する説明で使われていた「セメント」という言葉は、コールタールのような「接着剤」を指しており、これが「接着剤」と書かれていれば、何も問題はなかったのだが、「セメント」と書かれていたため勘違いさせられてしまった。

「屋根材」の貼り付けは「かさしろ」が多いため、思ったよりは「はか」が行かなかった。「はかどらない」のである。 

想像以上に、「屋根工事」は高所作業だった。勾配はたかだか十六度で、滑り落ちるほどではないはずなのだが、ツルッと滑ったら、止まらないで落ちるのではないかという気持ちを払拭できなかった。どうしても慎重になってしまう。

「屋根材」の「アスファルト・シングル」を貼る前に、まず防水用の「ルーフィング」を「野路板のじいた」の上に貼ったが、この作業を行った時には、具合が分からないので、まず初めは濡れたタオルを靴の下に敷いて様子を見た。乾いた板は滑りやすいからだ。

さらに命綱も使った。次第に傾きに慣れてきたのだが、下を向いて作業をしていたら、「ふと立ちくらみでもしたら」という気持ちに襲われたからだ。一人では危ないのではという周囲の声も無視できなかったこともある。

屋根の仕事を全部終わったときは、心底ほっとした。そして冒頭の写真を撮ることが出来たのは六月十七日のことであった。その前の週に梅雨入りの宣言が出たものの幸い雨が降らなかったので、「梅雨入りまでに屋根を」という最初の目標はなんとか達成することが出来た。

いよいよ室内作業に

そして第一段階がやっと終わったという気持ちになり、翌日は、久しぶりにガーデンの仕事をした。

続いて気持ちを新たにして次の二コマで、床の取り付けと塗装(オイル仕上げ)に取り組んだ。通常、ツーバイフォーでは、基礎工事の後に床を貼り、作業場所を確保する「プラットフォーム工法」と呼ばれる作業工程が採用されるのだが、そのために掛かる工期と梅雨との関係を考えて、「屋根工事」を先に持ってきたからである。

しかし、作業工程を変えたため仮の床の上で作業をすることとなり、脚立きゃたつが安定せず、結果として「屋根工事」で苦労させられることになってしまった。

床がついた段階で、新規に購入した木工機械などを搬入した。テーブルソー、ルーター、小型の角ノミなど最低限の装置である。機械がそろってようやく仕事場らしくなった。

屋根の下での室内作業になって、作業はグンと楽になった。今までは、切断機を使ってのカットも炎天下での作業だった。この歳になると日焼けも辛いので長袖のシャツを着てやっていたのだが、ようやく半袖で仕事が出来るようになった。

新しい機械を使って、早速、出入口や窓の建具などの製作に取りかかった。

念願の「天窓」周りの作業も終えた。完成した「天窓」は、まるで海原をけるヨットのハッチのように思えた。嬉しくなって出来上がった「天窓」から身を乗りしたら、昼間なのに、流星の観察ができるかもしれないと、ふと思った。