時空の漂白 2 PDF (2004年10月1日)
発明家の「ドク」 前田勲男
「ドク」をいう愛称を持つ、目のギョロッとした白い実験衣姿の白髪の科学者・発明家というと1985年のヒット映画「Back to the Future 」を思い浮かべる人も少なくないだろう。
主演の若者、マーティ役のマイケル・J・フォックス(1961〜 )、科学者、ドグ役のクリストファー・ロイド(1938〜 )が絶妙のコンビだった。シリーズを全部、ビデオで楽しんだ。
その後、主役のマイケル・J・フォックス(1961〜 )が病気だと言うことを知った。1998年、難病のパーキンソン病にかかっていることを公表した。約5年前のことだ。密かに約7年間の闘病生活を続けた後、嘆き悲しんでいるのではなく、前向きに病気を受け入れ、立ち向かう気持ちになったからだという。
脳の代謝異常により神経路のうち主として不随意運動に関わる錐体外路系と呼ばれる部分の神経細胞に障害が起こり、手足が絶えず震え、筋の緊張が高まる。運動障害に陥る疾患である。治療は薬物療法で脳内ホルモン剤などを服用する。しかし、まだ決め手はない難病である。病気の進行の速度は人に異なるものの、最終的には車椅子・寝たきになるという。
今、彼は積極的にパーキンソン病対策キャンペーンを展開している。その一環として闘病記「ラッキーマン」を出版した。まだ読んではいないが、その中で彼は、病気になって人生と仕事の素晴らしさに感謝する機会を得た ――― 治療法を探す手伝いを行い、人々にパーキンソン病について知ってもらう機会も得たと書いているという。
30歳代に難病になり、絶頂から奈落の底に落ちただけに、「人生は素晴らしい。でも時には、我慢しなくちゃならないイヤなこともある」という彼の言葉が重みを持って響いてくる。
一方の「ドク」は相変わらずである。クリストファー・ロイドではない。3年ほど前に初めて出会った映画の「ドク」の「そっくりさん」のイギリス人の発明家である。
映画の中のドクは、文字通り「時空の漂泊」が可能なタイムマシンに熱中し、ついに開発するが、「そっくりさん」の方は凝った機構のロボットの開発などに熱中している。
最初に彼から見せられたのは上下・前後・左右に動く、ゲームセンター用自動車シミュレータのポンチ絵だった。ついでマル秘とある何枚かのスケッチを見せながら、髪を振り乱して原理を説明する。日本のゲーム機器メーカーに売り込んでくれと言う。
それを聞いて直ちに抱いた疑問や問題を指摘したら、顔が真っ赤に変わった。髪を逆立て、叫びだした。映画のドクとそっくりである。もう何を言っているのかわから
ない。ともかく僕には、そのアイデアに飛びつくような日本のゲーム機器メーカーは思いつかない、役に立てなくて申し訳ない、と言って、その場を逃げ出した。
その「そっくりさん」と、この9月にシカゴで開催されたIMTS(国際製造技術展)で再会した。
当時、彼が提唱していた、上図のような新機構の工作機械の1号機が、ある日本の工作機械メーカーによって完成され、展示されていた。開発担当役員のYさんは言う。「あるのはコンセプトと基本図だけですから、ここまでまとめ上げるのは本当に大変でしたよ。まいりました」と苦笑した。
現在、さらに改良を加えた2号機の開発の真っ最中で、この11月に東京で開催されるJIMTOF(日本国際工作機械見本市)に出品するという。工作機械には様々の要求が寄せられている。だから、すべての工作機械がこのような構造のものになるとは思われないけれど、大きなチャレンジである。これが成功し、新しい利用分野が開拓されるのが楽しみである。
「そっくりさん」とは展示会中に開催されたパーティでも一緒になった。彼は1号機が完成したものでいつになく嬉々としていた。
僕もワインを飲んで出来上がり、すっかりご機嫌だった。一緒の写真を見ると、僕は加齢とアルコールで崩れて膨れた顔がさらに弛んでいる。「そっくりさん」はやはり狂気の人である。目つきがまるで違う。