時空の漂白 52  PDF (2011年2月25日)   

現代版 幸福考(4) 原 恭三

「心のベクトル」

私電車の中で若い男女の話を聞いていると、「チョーかわいい」、「チョーうまかった」、「マジー」、「すげー」、「むかつくー」…………と、崩れた文法構造で、ただ羅列するだけでおおかたの会話を片づけてしまっている。

どのように可愛いいのか、どんな風にうまいのか、表現する語彙だけでなく概念そのものをもち合わせていないこうしたボキャ貧の若者たちに、日本の将来を任せるのかと思うと大変心配になる。

時には、脱帽する素晴らしい若者たちに勇気付けられることもあるが、多くの若者たちは、新しい世紀により一層求められる個性の芯になる「個」が極めて希薄で、こうした「個」の未発達な若者たちは、往々にして「公」の意識も欠けている。

どうも最近の社会全体が社会的な使命感が希薄になり、物事を考える時間と空間が狭くなっているような気がしてならない。

何故、このような社会になってしまったのか、「ミッション経営のすすめ」の著者、慶応大学ビジネススクールの元校長の小野桂之介(現中部大学副学長)先生は、上手いことを言って次のように分析している。

①戦後の「教育としつけの崩壊」、勉強さえできればの価値基準により、基本的な人格形成にかかわる教育が脇に置かれてしまったこと。
②「経済至上主義」、戦勝国のアメリカからの影響で、金銭的な評価が物事の中心に色濃く染められたこと。
③日本的な「組織の縛り」、昔から日本社会が個人として独自の価値観と見識をもって行動する大人になることを阻害してきたこと。
④企業の「激しい競争」、個人的な生活はもとより、時には基本的な論理さえも犠牲にされるビジネス競争の激化により利己主義が蔓延してきたこと。
⑤仕事の「スピードアップ」、世の中がすべて加速的になり、生み出されたはずの時間的な余裕が、さらにより多くの仕事に向けられ心が滅びてきたこと。

この中で、②から⑤は、企業活動に深く関係するものである。このため、改革には学校よりも企業のほうが社会を変えていく上でずっと大きな可能性を秘めているという。よく考えれば、20代から50代は人生で一番良い時期で、かつ、朝9時から夕方6時までは一日の中で一番良い時間で、この大事な時期と時間を会社の仕事に当てているのである。

小野先生は、改革のためには、①世の中を広い視野で眺める力、②いろいろな視点からものごとを考える力、③長期的な視点で将来を見通す力、を磨き、確固たるビジョンと熱い意志を持たなければならないと説く。

そして企業人に対して、明確な企業パーソナリティを持ち、明確なビジョンを持ち、オープンな対外姿勢とコミュニケーション能力を備えることが重要であると言う。

最近のベストセラーの半分以上が欧米の翻訳であることに一抹の寂しさを感じるこの頃であるが、日本人の心をベクトルに表現し、自社発展とより良い世の中の実現という先生の視点の高さには、大陸的な雰囲気をいつも感じる。この夏にお会いした時は、この歳で若者に教えられとは、これだと小池龍之介の本「考えない練習」(小学館)を紹介してくれた。世の中を見通すには、また謙虚さも大事であることも教えてくれた。

(小池龍之介)

1978年、大阪生まれ。山口県の月読寺住職、東京都世田谷区の正現寺副住職として修行を積む現役僧侶。最近、店頭で目を瞑り、バスの壁際に頭を寄せる著者の穏やかな表情が目を引く本で一躍有名となった。

著書は数多く、「考えない練習」(小学館)、「『自分』から自由になる沈黙入門」(幻冬舎)など。仏教用語をやさしく解説しながら、五感をとぎすまし、ネット時代に疲れた人の処方箋として若者の支持を得ている。

東京大学教養学部地域文化研究学科ドイツ地域文化研究分科卒業。