時空の漂白 66 PDF (2011年6月29日)
広島・里山便り(6) 高橋 滋
廿日市市津田(佐伯)の園地に通うようになって8シーズン目に入っている。毎年、6月初め頃に出かけるときには胸ときめく思いがする。
それはササユリ(笹百合)とコアジサイ(小紫陽花)が小屋のすぐ近くで、ほとんど同時に咲くからである。
6月5日に出かけた時は、昨年の「里山を歩こう」で紹介したのと同じ株のササユリ(笹百合)が、去年と同じように花をつけていた。6月11日、昨年は2つしか花をつけなかった別の株のササユリ(笹百合)が、4つの花を咲かせていた。重たくて、自分では立っていられないほどである。
ササユリ(笹百合)は、細い茎が1本立ちあがって、普通は頂上に1つか2つ花をつける。葉は名の通り、笹に似ていて細くて数が少なく、生活力の弱い植物である。しかし、花は大きく斑点がなく横向きに咲いてすっきりしている。香りもある。
ガーデニングの本場、イギリスから来る園芸家は日本の野草を見て驚嘆するらしい。カラフルで、ナチュラルな花々が咲き揃う信州の高原などは、「これ以上のガーデンはない」という思いを抱かせるようだ。
日本には、山ユリ、鹿の子ユリ、鉄砲ユリ、スカシユリ(透百合)など園芸品種のもとになったユリ類が15種あり、自生している。最近はタカサゴユリ(高砂百合)が高速道路の法面などにたくさん群生しているのを見る。やや大きな、ちょっと繊細さに欠ける、ウバユリ(乳母百合)も増えてきているように見える。日本の風土にはあっているのであろう。
その中で、ササユリ(笹百合)は、「野に咲くユリでこれほど清楚で美しいものを私は知らない」といった人もいるほど素晴らしい。しかし、栽培はなかなか難しいらしい。だから商品としてはほとんど市場に出ていない。種子はたくさんできるが、親株の周辺に増えてゆくということがほとんどない。
ササユリは、リリウム・ジャポニカム、日本のユリである。名前が固有種であることを誇っている。広島ではこれをヤマユリと呼んでおり、初夏の風情になっているが、目にすることは少なくなってきている。
アジサイ(紫陽花)
アジサイ(紫陽花)の仲間は世界で70~75の種類があり、その多くは中国、朝鮮半島、日本に分布している。
アジサイの英語名・学名はハイドランジア・ヒドランジア(Hydrangea)。その意味は「水の容器」。その名の通り水分を好み、樹木にしては新しい組織は柔らかく、強い光には弱い。寒さにも弱い方である。
雨が多くて、樹冠(Crown 茎、葉、花などを含む地上にある植物の部分)の重たい樹林が育ちやすい気候帯、ヒマラヤから中国南部、東南アジア北部につながる、いわゆる照葉樹林の環境と相性が良いのではなかろうか。
なお、アメリカ合衆国にも照葉樹林帯がある。フロリダ半島一帯である。最近、流行になっているカシワバアジサイ(柏葉紫陽花)は、数少ない北米出身で、原種の産地は「アメリカ東南部」とされている。アラバマ、ジョージアからフロリダにかけての地域で、照葉樹林帯と一致している。
われわれがアジサイ(紫陽花)と呼んでいる手毬状の花を咲かせる品種は自然のものではなく、ガクアジサイ(額紫陽花)の変種である(自然にできたものを園芸化したという考えもある)。
18世紀には、中国、日本で栽培されていて、それがヨーロッパ(イギリス)に持ち込まれ、さらに改良され、西洋アジサイと呼ばれて逆輸入された。それが普通にアジサイ(紫陽花)でとある。大柄で花の色が派手なアジサイ(紫陽花)である。
江戸時代、長崎・出島に滞在し医療と博物学研究にあたったドイツ人医師・博物学者のシーボルトがオタクサ(お滝さん)と名付けてオランダに帰った後、発表したという話が有名だが、それ以前に原種であるガクアジサイ(額紫陽花)の学名が発表されていて、現在はオタクサの名は使われていない。
ササユリ(笹百合)の近くに、アジサイ(紫陽花)の仲間である、コアジサイ(小紫陽花)が咲いている。
コアジサイ(小紫陽花)は、その名通り花が小さい。それもアジサイに特徴の「装飾花」(雌しべ・雄しべが退化し、萼などが花弁のように発達したもの)ではなく、本物の花(正常花)が集まったものである。装飾花がないと、アジサイには見えないが、アジサイである。種ができるので、たくさん増える。
コアジサイは花の色味が独特である。普通のアジサイのように明るい青ではない。花の塊の数が多く、水平に展開する。葉は薄くて軽快で色も明るい。単独の花もなかなかの味がある。しかも、これは、日本の固有種である
また地味だが、コガクウツギもたくさん咲いている。これもアジサイである。装飾花がややまばらで、色も純白ではないので、人気はいま一つだが、繁殖力があるのか、多くみられる。小さな葉と花を水平に広げ、日の当りの悪い林の足元を明るくしている。しかし、関東以北では見られないようだ。
こういうものが、身近に実に無造作に咲いているのは、本当に信じられない感じがする。
どうといった特徴のない中山間地の、なんということのない林縁である。水分がやや多く、日の当たり方も微妙だが、それでも普通のところだ。そんなところで、珍しい花をたくさん観察することができるのである。
当たりを見回すと、初夏らしい、白い、木の花が目立つ。山間部全体としては珍しいものではないが、ヤマボウシ(山法師)を小屋の近くでは初めて見た。白く見えるのは本当の花ではなく、「総苞片」と呼ばれるものである。苞とは蕾を包んでいた葉である。今年はヤマボウシ(山法師)の花の付きが良いという人が多い。山間部を自動車で走ると、真っ白になっている木を見かける。苞のサイズも大きいように思う。
ヤマボウシの樹形は、一株の地際から茎が3本以上立ち上がって樹形を形作る「株立ち」であり、あまり大きく育たず、幹も花も美しく、新緑も紅葉もきれいと欠点がなく、最近の生け垣がなく、庭が道路に直接開いているタイプの家では大変好まれている。私も小屋に主木として植えている。夏は日陰を作り、秋は出窓の外側で紅葉して季節感を演出する。
もう1つイワガラミ(岩絡み)を初めて見つけた。蔓性のものだが、ツルアジサイ(蔓紫陽花)が木に這い上がって行くのに対して、イワガラミ(岩絡み)は木の根元に蹲っている感じがある。調べたらアジサイ科(Hydrangea)ではあるもののアジサイ属(Hydrangea)ではなかった。アジサイ科イワガラミ属(Schizophragma)であった。
但し、「属名」+「種小名」で構成される、いわゆる「二分法」での「学名」は「Schizophragma Hydrangea」で、その生物の特徴を表すラテン語の形容詞の「種小名」の「Hydrangea」(ヒドランジア)はアジサイのようなという意味である。
イワガラミ(岩絡み)は台湾などにも生育するが、海外の園芸のホームページでは、普通、「日本のツタになるアジサイ」と呼ばれている。6月になると葉が濃くなると、白い装飾花が目立つようになる。
ウツギ(空木)も、この時期の定番だが、今年は花の数が多い。枝が垂れるほどに花を付けている。梅雨模様の中に白く浮かび上がって、多くの虫を呼び込んでいる。ウツギは「卯の花」とも呼ばれ、この時期の代表的な花である。
昔の人は「卯の花くたし」という表現を使ったが、最近はほとんど耳にしない。「くたし」は「腐たし」で、「卯の花」も腐さってしまうような長雨という意味である。
子供の頃の歌
卯の花の匂う垣根に
ホトトギス、早も来鳴きて
忍び音もらす、夏は来ね
…………
が口をつく。
今年はホトトギスの在住が長い。カッコーはどこかへ行ってしまったが、ホトトギスは「トッキョ キョカキョク」「特許許可局」と、ずっと大声を出して鳴いている。
ニンニク、馬鈴薯、辣韮
5月が植物の生長の季節だとすると、6月は植物の成熟の季節となる。玉葱は季節外れの台風の影響で、6月初めに育ちきらないうちに倒れてしまった。玉太りはいま一つだった。4月の寒さの影響も大きい。
しかし、ニンニクは大豊作だった。サイズも大きく、これだけたくさんとれたのは初めてである。採れたてを炒めて食べると、刺激も少なく美味しい。
6月末には、馬鈴薯も収穫した。育つ期間が長かった分、例年よりサイズが大きい。品種は「キタアカリ」。前作の余りを植え付けており、三代目か四代目になる。今年は「ニシユタカ」を半分ほど植えた。10㎡の基本区画に40個程度の植え付けで、2ヶ月ほどの自給になるのだろうか。
馬鈴薯はお店で買えるし、場所を塞ぐので、栽培を厭う人もいる。1年に二作で、年中塞ぐことになる。それでいてローテーションを要求する。しかも、種子で育てるものと比較すると収穫の「倍率」も低い。しかし、それでも一株から5~6個は採れる。立派なものである。
辣韮もたくさん採れた。辣韮は植え付けて1年目に、この写真の大きさになる。そして、そのままもう1年置くと、分玉し、小さな辣韮がたくさんとれる。
我が家では数少ない「完全自給品」である。花崗岩系の土質が向いているのか、手間いらずで、間違いがない。
庭の片隅で、何の手も掛けずに育った苺も年に一度の恵みを与えてくれた。これはほとんど野生化している。
木苺類は、道路の縁の明るい所になっている。たくさん採れるが、棘のある枝が嫌でサンプル程度しか採らなかった。
ジューンベリーも実を付けた。ザイフリボク(采振り木)の仲間で、アメリカザイフリボクとも呼ばれている。葉と同時に、白い花をたくさん咲かせる。何回か植え付けたが、幹に入る虫にやられて、枝が枯れることが多かった。この木も植え付けて5年になる。途中で枯れかけて再生し、ようやく実をつけた。色も濃いが、味もなかなか深いものがある。
1月に整備した志和の山には梅を植えている。毎年6月中旬、実を採りに行く。今年は、花の付きが悪く、収穫が少なかった。
その代わり八本松の旧宅の杏がたくさん採れた。これは店子の了解を得て、庭先を使って栽培を行っている。いわゆる「出作り」で27シーズン目になる。
だんだん手入れが億劫になり、柿と一緒に切ろうかなと思うこともあるが、まだ収穫の魅力には勝てない。家族の記録という気持ちもある。植えてから40年になる。
今年の杏の収穫は7.4キロであった。ジャムは酸っぱくてやや食べにくいが、ヨーグルトに加えると、クエン酸効果なのだろうか、気持ちがピリッとする。無農薬、無添加の自然品の味である。