時空の漂白 77      PDF (2013年7月31日)

広島・里山便り(14)                高橋 滋 

毎週月曜日の朝、BS朝日の「映像歳時記」という面白い番組がある。季節を表すため天球上の太陽の通り道(黄道)を24等分して二十四節気(約15日)、それをさらに「初候」「次候」「末候」と3等分して七十二候(約5日)とすることが古代中国で考案されたが、その72候を軸に、季節の動きを言葉と映像で紹介する番組である。

季語がある俳句、季節感をうたうことが多い童謡やお祭りはほぼ毎回取り上げられ、それに生き物、食べ物などが加わる。30分と短く見やすい上、言葉の選択レベルがちょうど自分にマッチしていて、楽しんでいる。

24節気は漢字2文字でピリッと季節感を表しているが、七十二候は漢字3文字ないし4文字の「文章」、つまり漢文であり、読み下しが必要である。

七十二候の中で、日ごろ見聞きする言葉は「半夏生」くらいである。ただし、日ごろ見聞きするのは「はんげしょう」だが、七十二候では文章として「はんげしょうず」と読む。

半夏はんげという薬草が生える」という意味で、7月2日である。この言葉が、二十四節気に次ぐ季節の変化の目安となる「雑節」—— 節分、八十八夜、入梅、二百十日、土用、彼岸など——にも採用され、「半夏生はんげしょう」として使われているのである。

しかし、それ以外の漢字3文字ないし4文字も、漢字を読み下し、その意味も理解すると、「何が言いたいのか」がぼんやりとだが理解でき、なかなか奥深い。

たとえば、「芒種ぼうしゅ」(6月5日)の「次候」の「腐草為螢」は、「くされたるくさ、ほたるとなる」と読み下す。かなり茂ってきた夏草(の刈り草)が長雨にたたられて黒く腐りかけた様子と、風のない夜、草むらからふわふわ出てくる儚い蛍とを関連付けるのはそう非現実ではない。

今年の6月初め、「そろそろ蛍が出る頃かな」と思って、2005年に作った廿日市市津田(佐伯)の小屋に一泊した。蛍が飛び始めるのはひときわ暗さが濃くなる8時過ぎである。気にはなるものの、その時刻に現地に居なければならず、ここ何年かは見ていなかったからだ。

やや気温が低くて難しいだろうと思いながらも30分ほど粘ったら、一匹確認することができた。嬉しかった。するとなんと、その翌日の「映像歳時記」でも、螢が紹介され、驚かされたものだった。番組を見ていると、ともかくいろいろ教わりながら、改めて身の回りの自然の変化の様子が七十二候に書かれていることにかなり近いことに気が付かされた。

たとえば、七十二候に「乃東枯」というのがある。「夏至」(6月21日)の「初候」で、これを「だいとうかるる」とは読まず、「なつかれくさかるる」と読ませる。それは「乃東だいとう」が「夏枯草なつかれくさ」の古名であることからきていた。漢方では、「夏枯草」を「かこそう」と読み、花穂は乾燥されて、利尿や消炎などに使われている。和名はウツボグサ。その名前は、花穂が、矢を携帯するための筒状の容器——うつぼに似ていることに由来している。この「乃東」は、冬至(12月22日)の「初候」に「乃東生」として出てくる。これも「だいとうしょうず」とは読まず、「なつかれくさしょうず」と読ませる。七十二候には、「夏枯草かこそうという薬草が枯れる」、そして「夏枯草かこそうという薬草が生える」とでてくる。

繰り返し登場するので、中国では古来か「夏枯草かこそう」は乃東だいとうという古名で意識されているのかと思って調べたら、本家中国の七十二候には見当たらなく、どうも江戸時代に日本版の組み直しが行われたときに採用されたようである。どうも当時の日本の実情を反映してことのようである。 

しかし、日本人が意識したと思われる「夏枯草かこそう」、和名ウツボグサは、いま広島市内ではあまり見かけない。それでも山間地に入ると、田んぼの縁や林地との境に群れをなしている。野の花が少ない時期に風情を生む。佐伯の園地の周りにもたくさん生えている。ウツボグサは咲き始めが6月、枯れ上がるのは8月であり、時候の表現としてはズレがあるが、見かけるタイミングという点ではあっているのだろう。

もっとも、ウツボグサと「夏枯草」とは、同じような薬効を持っている植物だが別物だとも言われている。そうであれば、時候のズレの問題も解決するのかも知れない。

こうした中国と日本とでの違いのような話は、最初に触れた七十二候の中では、「雑節」にもなって見聞きすることの多い「半夏生はんげしょう」にもある。

半夏はんげという薬草が生えるころ」という意味で、7月2日だと説明したけれど、この半夏はんなつの和名は里芋さといも科の烏柄杓からすびしゃくである。この塊茎の外皮を除いて乾燥したものが痰切りなどに漢方薬として使われる。ハンゲショウという名前の植物があるが、これは別の植物である。

ハンゲショウはドクダミ科の植物で、「半夏生」の頃に花を咲かせるのでハンゲショウという名前が付いたとか、葉の色が一部を残して白くなることから「半化粧」と呼ばれるようになったとか言われている。

7月23日は、二十四節気の「大暑」で、今年も名前の通り全国的に暑かった。東京では局地的に100ミリを超す豪雨があったとも聞く。東京では7月初めにも猛暑が数日続いており、夏が前倒しになっているようである。

それでも8月7日の立秋になると、「立秋なのに、このくそ暑さはなんだ! 暑さも峠を越えて、秋の気配が感じられるというのに何事か!」といった声が聞こえてくるものだ。だいたいわたし自身、そう叫ぶのが常である。

しかし、この時期になると、北の高気圧がひんやりした空気を間違いなく送り込んでくる。積乱雲が急に大きく発達するのも冷気があればこそで、秋の「気」はそこまで来ている。大気は回転しており、じっと留まっているわけではないのだが。

統計では、平均気温が最も高いのは8月初めの数日で、この時期を「大暑」と呼ぶのはやっぱり正しい。そして気温の上がり方も下がり方も、平均的に眺めれば連続的であり、「大暑」から「秋らしい気温」になるのは、段々のことであり、だいぶ先ことである。

朝方の最低気温が20度Cを切るのは、東京では9月20日ごろとになっている。このころが秋の始まり、「秋度一」とでもいったところだろう。

二十四節気の暑さが峠を越えて後退を始める「処暑」は8月23日である。広島の廿日市市津田(佐伯)の最低気温が20度Cを切るのもこのころである。20度C台で推移し、8月20日ごろには10度台に突入する。

江戸時代初期の東京の日比谷は海であり、溜池には文字通り水が溜まっていた。気候変動もあったろうが、ともかく、当時はもう少し涼しかったことだろう。

2010年に40度C近い高温が続いて話題になったが、その後も、「酷暑」の度合いは尋常ではない。平野が少なく熱がこもりにくい広島は、「酷暑」でニュースに登場することはないが、それでもやっぱり暑い。そして夏の暑さの埋め合わせをするように冬の訪れが早かったり、春先に寒波が来たりと、気候の異常の波動が尾を引くようになっている。

気象庁の地域気象観測システム「アメダス」の廿日市市津田の気温をみると、最近は、平年値より2〜3度C高い状況が20日ほど続き、それが過ぎると、逆に平年値より2〜3度C低い状況が30日ほど続くといった変動を示している。

出たばかりの馬鈴薯の芽が霜にやられたり、イチゴが花を咲かせる時期を間違えて実らなかったりなど異常が続いている。

ところで6月下旬、地元テレビの取材を受けた。昨年からご近所さんの「緑の仲間」のイベントに、自分の庭を開放・公開するいわゆる「オープンガーデン」として参加したことが伝わったのだろう。

いつもは「シニア層が開業したカフェの紹介」といった話題を4件ほど流す45分の番組なのだが、「ガーデニング特集」を組むということで取材を受けた。

しかし、我が家の場合は「小屋作り」を含むので、やや話の焦点はぼけてしまった。しかも庭は実利的で「見せる」工夫は少ないときている。そして取材日も雨だった。

そんなものだから、取材を受け、テレビ番組に出演したという感慨はあまりないのだが、改めて我が家のガーデニングはいったい何なのか、考えさせられてしまった。

ところで、テレビ画面の補足用ということで今年初めからの我が家のガーデンの写真を探した。冬越しの球根類が一斉に咲く時期と、秋にタネを蒔いて保温施設、いわゆる「フレーム」で冬越し、晩春に盛りを迎える「一年草」類には、それなりの見応えがあった。

バラも2年目にしては良く咲いたと思う。こういう「見ての美しさ」を求めているのは間違いない

ところが、我が家のいまの夏の庭では、誇れるものがない。北海道・富良野の「風のガーデン」のように大型の宿根草類でボリュームを造れると良いのだが…………。

今夏のベストと思う光景も、原色のグラジオラス(あまり好みではない)、クロコスミア(いやというほどはびこっている)、フロックス(田舎の定番である)などによってもたらされており、「カラースキーム」とか「テクスチャー」などからは程遠いものである。

「カラースキーム」------ 色彩計画。色の持つ心理的・物理的な性質を利用して、まとまりのある雰囲気を造る。そして「テクスチャー」……質感。いろいろ言われるのだが、毎年、この時期は、朝顔、キバナコスモス、ケイトウなどを交えてお茶を濁してきている。

今年も夏用の苗(トルコキキョウ、アスター、ゴテチア、キンギョソウなど)を購入して様子を見たが、うまく育たない。

大きな要因は気温である。秋に植え付けると、冬の寒さで痛められる(マイナス10度Cの真冬日が続くこともあって地面は凍りつく)。年を越せない苗がかなり出る。春先は気温の上がり方が遅く(広島市内に比べて、最低気温が5度ほど低い)、十分に育ちきらないうちに高温期(最高気温25度C以上)を迎える。そして夏至以降は晴れれば西日が強くなり、梅雨明け後は、水やりも少ないので、生育が苦しい。それは解っているのだが ……… 。

それに今年は鳥獣害もあった。7月初めに猿の群れが来て、熟れはじめたトマトがやられ、枝豆はとられ、カボチャも荒れされ、そして保存中のタマネギまでかじられ、さんざんだった。

大きく育ったユリのつぼみも蹂躙じゅうりんされた。野のものも、例年のようには育っていないのだろうか。

異常気象や鳥獣害。それがなくても、そもそも野菜があることで、我が家のガーデニングのコンセプトは曖昧になっている。いっそのこと、野菜はもう止めようとも思うのだが、やはり収穫の喜びは大きい。ブルーベリーもようやく育ってきた。

今年はコムギも蒔いた。育ちは順調で、枯れ上がって実が熟す黄色の「麦秋」を期待したのだが駄目だった。「麦秋」それは初夏の時期なのだが、今年は、梅雨と重なって、麦は汚らしく枯れてしまった。おまけにスズメを大量に呼び込んだ。まったくスズメは飾りにもならない。

「カントリー家具」 ……… この天然木と自然オイルが基本の世界では、麦はシンボル的な存在の植物である。その穂などの形を家具の表面に彫り込んだりもする。こういう世界に足を突っ込んでしまったこともあって、ともかくコムギは、一度は自分の手で育ててみたかった。

途中までは風情もあり、初のコムギ育てはなかなか良かった。しかし、収穫し、それでパンでも作ろう、といった思い付きは、まずはスズメの群れに襲われてやられた。そして、最後は、繰り返しになるが、梅雨と重なって汚らしく枯れてしまった。

こぼれダネで育ったキビ(モチキビ)の穂が頭を垂れているが、これも下手をすると鳥の餌になるだけかもしれない。

夏野菜が取れるこの時期は、散水や収穫のため、週2回は佐伯に出かている。秋野菜に向け、地ごしらえもしている。新しい野菜のローテーションが動き始めて、まだ二作目である。もう少し継続して様子を見てみよう、と気持ちを定めている。

広島市内は熱帯夜が続くが、佐伯だと朝方の最低気温が20度C程度で、かなり涼しく感じる。しかし、9時を過ぎると急速に気温が上がる。背中がじりじりと焼けつく。昼前には仕事仕舞いにしないと体が持たない。

高橋 滋 広島県森林インストラクター・
広島市里山整備士


1968年 東京大学工学部航空学科卒業

  1968年 東洋工業(株)(現マツダ(株)入社)
以降、主として商品企画・経営企画部門。電気自動車、都市交通システムの調査研究。長期経営計画、商品計画 乗用車の基本設計、商品企画
、商品開発主査などを担当。この間、1988〜1991年、北米R&Dの副社長
として 商品企画・評価・人事・財務担当に従事。
  2001年   商品企画ビジネス戦略本部副本部長を最後に早期退職
  2002年 (財)広島市産業振興センター
・ 中小企業支援センタープロジェクトマネジャーに就任
  2008年 退職 現在、広島県森林インストラクター・
広島市里山整備士として活動中。