第 1講 今なぜ知的財産権が注目されるのか(3/4) PDF
細川 学(2006年08月)
第3話 行政と発明
知的財産基本法、知的財産推進計画等の行政手段によって、発明は増大するものなのでしょうか
- 世間をアッと驚かせる発明は、行政が奨励したり、補助金を交付したりすれば、直ぐに生まれてくるというようなものではありません。しかも、日本のエリートと呼ばれる研究者や技術者、それに会社の経営幹部も、どうも昔から他人の発明などにけちをつけるは得意ですが、自分自身が大発明をしたり、部下の発明を適正に評価したりする能力はあまり備えていないようです。
- ちなみに自動織機など生涯に100件以上の特許権を取得した日本の発明王・豊田佐吉が、豊田佐吉の発明に目を付けた三井物産の誘いがあって1907年に設立した合弁会社、豊田式織機株式会社(現豊和工業株式会社)を追われることになったのは、そのまさに先駆的な事例と言えるでしょう。追われたものの豊田佐吉はへこたれず、1926年、新たに株式会社豊田自動織機製作所を設立しました。現在のトヨタ自動車は、この株式会社豊田自動織機製作所に1933年に発足した自動車部が基になっています。
- NHKのプロジェクトⅩに登場する成功例も、逆境と無理解の壁を乗り越えた事例ばかりです。最新の特許情報の中に身を置いた経験のある元特許審査官、元特許弁護士、元企業の特許管理者は世界に何百万人もおられると思いますが、その方々から大発明家が生まれた例は聞いていません。いくら行政が法令を制定し、情報や環境を整え、予算をつけ、啓蒙しても、行政を行う「人」が発明を愛し、発明の質をかぎ分け、研究者を信頼しなければ大発明は生まれないでしょう。発明は地味な努力の積み重ねとそれを支える「投資家」の慈愛的タグマッチで開花します。
- 革新的な大発明は必ずしも経営的に儲かる発明とは限りません。儲かる発明は、市場に広く流布されているか、または将来流布される可能性のある商品の利便性を追及した改良発明やひらめき形の小発明でも熱心に追及すれば可能性があります。反対に権力者や成功体験のあるベテラン技術者の思い込み発明は要注意です。
- 業界初の大発明をした場合にも意外な落し穴があります。米国のK&T社は複合工作機械(マシニングセンター)を発明し、基本特許を取得しましたが、それに飽きたらず絶対的な特許にしたいとの欲望にかられて不公正行為を行い、基本特許そのものが権利行使不能になりました。モーリンス社も同様な欲望にかられ、大発明を無にしました。知的財産の世界では公平の原則が支配し、不公正は許されません。
- 特許庁は出願された発明を公平に審査し、正確かつ迅速に特許権の付与等の処分(権利付与の手続)するのが役割です。プロパテント政策であっても、特許庁が強い特許権にするための技術指導や明細書作成指導することはありません。弱者を支援する国選弁理士の制度もありません。プロパテントの法理を採用するかどうかを含めて争いのある権利を最終的に確定するのは裁判所です。弁護士、弁理士の役割が重要です。
- 一方、最近の市民権的な運動として、人が産出した知恵は人類共通の財産であるとし、知的財産権の手厚い保護に疑問を提起する動きが国際的に出ています。特にエイズ特効薬の特許権や著作隣接権の分野で問題が提起されています。プロパテント政策も社会とのバランスを検討することが求められるようになっています。