大阪の明治・大正・昭和初期のカラー印刷(1/8)
市田幸四郎とその時代(1885~1927年)

元凸版印刷株式会社専務取締役 河野通

本稿は2007 年7 月、印刷学会西武支部セミナーでのプレゼンテーション資料を加筆訂正したものである。加筆訂正に際しては戦略経営研究所・前田勲男氏に協力をお願いした。使用した画像などは特に記載のもの以外は凸版印刷・凸版印刷印刷博物館提供による。また画像などをインターネット上で公開することについて許可は得ていなが、使用目的に鑑み、お許し願いたい。(2009年11月)

はじめに

先に「印刷 文化と文明とのかかわり」(1)において、メディアの担い手としての印刷が果たした文化的役割について、まずヨーロッパ社会においてグーテンベルグ以降のいわゆる「グーテンベルグの銀河系」と呼ばれる人類文明に果たした成果と影響を辿り、次に東洋では、それがどのように展開し何をもたらしたのか、特に日本において明治時代にどのように活版印刷が受け入れられたかを「日本の印刷文化」と題して振り返り、そして最後に「Being Digital」と題して、20世紀後半のコンピュータの出現とともに再びデジタル技術により印刷および‘情報技術が大きく変革してきている様子について述べた。

この「日本の印刷文化」の中では詳しく触れなかったが、この20 年ほどの前に起こった「Being Digital」に匹敵する印刷技術革命が今から約100 年前の明治・大正時代の日本で起こった。浮世絵の木版に見られるように江戸時代において印刷技術そのものがすでに相当の水準に発達していた下地があり、そこに欧米から新技術が加わって一気に開花したのである。

この明治・大正時代の印刷技術革命にあって、実は京都・大阪などの起業家、今でいうとベンチャーの旗手たちが大きな役割を果たした。彼らが起業した企業は、その後、東京を拠点とする印刷会社に吸収され、資料なども散逸してしまったことなどもあって、その功績・貢献などは、現在は、あまり知られてはいないし、評価されてもいないと思う。

それでも敢えて、主催者からの要請もあって「大阪の明治・大正・昭和初期のカラー印刷」というタイトルで話をさせて頂くことにした。私自身、長年、大阪にいて印刷に係わってきて、いろいろ見聞してもきたものの、間違いないかと言われると自信はないが、それはご容赦願いたい。それでも敢えて、このタイトルで話をさせて頂くことにしたのにはいくつかの理由がある。

  1. 1989 年(平成元年)に当時印刷学会出版部社長の山本隆太郎先生から山本インキ2社長の故山本重次郎氏の江戸から明治・大正・昭和初期までの主に大阪を中心とした印刷物のコレクション所謂「山本コレクション(2)」を凸版印刷で収蔵保存してほしいとのお話をいただき関わりを持ったこと。
  2. 1991年(平成3年)に当時東京の開成印刷(3)の会長をされていた谷本正さんからお手紙を頂き市田幸四郎(4)の写真を持っているがこれを故人の思い出の地、凸版印刷関西支社に飾ってもらえないかとの依頼があった。私は市田氏のことはその時までまったく知らなかったので事情を教えていただき大先輩の写真を部屋に飾らせていただきました。その後、組織が変わり、現在、市田氏の写真は凸版印刷・印刷博物館の収蔵となっていること。
  3. 大正、昭和にかけての偉大な製販技術者であり経営者であった野村広太郎氏から大正時代の点描製版法による印刷物は世界に稀に見るすぐれた芸術作品であるとよく聞かされていた。そして、言われた通りに、デジタル時代になりCTP5の実現とともに、その原理・技術がいわゆるFMスクリーン(6)として蘇ったこと。

関係者、それも年配の人でないと分からないことばかりだと思うが、そんなことから敢えて100年ぐらい前の時代にまで遡って話をさせて頂くことになった次第です。

「山本コレクション」明治36年 大阪・第5回勧業博覧会の宣伝ポスター

「山本コレクション」明治37年 岩谷商会の煙草宣伝ポスター

「山本コレクション」福岡市の問屋「アサヒ屋」の宣伝ポスター

  1. 印刷文化と文明の関わり
  2. 山本インキ:明治16(1883)年 東京で創業
  3. 開成印刷:明治5(1872)年 東京で創業
  4. 市田幸四郎:日本のオフセット印刷の創始者。大正3(1914)年 中西虎之助とともに日本最初のオフセット印刷機(米ハリス社製)を導入。
  5. CTP(Computer to Plate):従来、DTP がデータからフィルムなどに出力していたのに対し、直接刷版を出力する。フィルムから刷版を作成するのはFTP(Film To Plate)。
  6. FMスクリーン:Frequency Modulation(周波数変調)スクリーン。階調をドットの数で表現する。これに対して階調をドットの大きさで表現するものをAM(Amplitude Modulation 振幅変調)スクリーンという。